【6】 ススメ、損する女

・さよなら、片想い(1)


 閉店後、お客様入口のドアは施錠したのだが、ショップの照明はまだついたまま。

 専務に言われたとおりに、眞子はバックヤードにはいり、売れた黒いコートのサイズ違いを手にする。

他にも『あれが入荷しているはずだから探してきてくれ』と言われた、新商品のトップスとボトムも探す。

 そうしていると、また徹也がバックヤードに現れる。

「本田さん、お疲れ様です」

「お疲れ様です、古郡さん。素敵なウィンドーになりましたね」

 心からそう伝えたのに。徹也はちょっとしかめ面になった。

「そうかな。……篠宮専務がコーディネイトした途端、お客が目を付けた。あっというまに、コーデしたものが一式……。ほんとうに、いつも、すごいというか……」

「たまたま、コートを探していたお客様が前を通っただけですよ」

「カジュアルダウンは欲しいとは思っていなかったようだけれどね」

「ですから……、たまたま……」

 そちらのコーデも明日には動くでしょう――と激励しようとしたのに、あの徹也がいつにない思い詰めた顔で、眞子に詰め寄ってきた。


「本田さん。今日、このあと――」

 このあと? 彼の顔を見上げた瞬間。


「古郡さん! こんなところにいらっしゃったのですか。ディスプレイもできあがりましたし、一緒に画像を撮りましょう。横浜に送信しなくちゃいけないんですよね!」

 バックヤードのドアが勢いよく開き、またもやタイミングよく麗奈が徹也の言葉を遮った。

「これ」

 麗奈が徹也の側にくるまでの隙に、徹也がさっと眞子の手に小さく折りたたんだメモを握らせた。

「うん、そうだね。後藤さん。いますぐ行くよ」

「早くしましょう! 終わったら食事に行きましょうよ」

 麗奈の元に徹也が並ぶと、彼女はさっと彼の腕に寄り添って、ちらっと肩越しにバックヤードに一人残る眞子を見た。すごく冷たい目。

 バタンと勢いよくドアが閉められる。

 常に眞子と徹也が接触しないよう目を配っているようだった。

 ちょっとした隙に渡されたメモを、眞子はそっと開いてみる。


 ―― 今日、このあと会いましょう。このままでは俺も納得できないから二人で話そう。内密に相談したいので誰にも言わないで来てください。


 出張に来た彼をよく連れていった静かな地下カフェの店名が記されてた。

 眞子の心臓がドキリと蠢いた。

 きっと。副社長のアシスタントにどうしたら戻れるかということを話し合いたいに違いない。

 彼からの密かな誘い。しかもいつもの仕事の慰労で約束してきたものではなくて、徹也からの会いたい。

 これほど待ちこがれていたものはない。眞子にとって、こうなりたいというものがいま手の中に入っている。

 でも。これは……。『誰にも言わないで』とある。専務にも言わないで会おうという意味。

「本田さん、どうした。遅いんだけれど、見つからないのかな」

 今度は専務が入ってきた。眞子はさっとジャケットのポケットに徹也からのメモをしまう。

「申し訳ありません。いま揃ったので持っていきますね」

 既に見つけていた商品を両手に抱えて、ドアを開けて訝しそうにしている専務へと眞子も駆けていく。

 でも両手一杯に抱えていたので、ちょっと躓いてしまった。

「おっと、危ない」

 躓いて落としそうになった商品と眞子を、専務が長い腕でさっと抱きかかえるように受け止めてくれる。ほのかにエキゾチックな柑橘の香り――。

 男らしい腕と、すらっとした長身の身体に抱かれ、大人の男の香り。眞子は思わず力が抜けそうになってしまい、うっかり専務の腕と胸にそのまま倒れ込んでしまった。

「ごめん。本田さんにばかり持ってこい持ってこいなんて言って。小さな身体なのにこんなに持たせて」

  専務はまったく動揺していない。そのまま眞子の腕にある商品をごっそり男の腕ですべて取りさって持って行ってしまう。すっと自然に専務は離れたけれど……。眞子はちょっと身体の芯を熱くしていた。ほんとうに『色香にくらくらする』ってこういうこと……かも? と。

「本田さん?」

 ぼうっとしている眞子がまったく動かないので、専務がまた訝しげに振り返った。

「い、いま行きます」

 かあっと熱くなったまま、眞子は抜けていた力をなんとか取り戻す。

 入り口ドア正面にあるトルソーに、もう一度、専務がコーデする服を着せようとする。

「素敵だったよ、しんちゃん。あんなにバシバシ売ってくれるなんて、惚れ惚れしたよ。今度は小物にこれなんかどう」

 佐伯氏も担当の仕事が終わり、専務の次なるコーデに興味津々といったふうにして近寄ってきた。

「いいですね。ビジューのきらきらクラッチバック。ランチタイムのお供に手元が際だちますし、イベントにも持っていける」

「ビビットな小物ではないけれど、光で目を引くよ思うよ。これショルダーもついているから、さっき売れたウォレットバッグみたいにもなるんだよね」

 佐伯氏が一緒にコーデをすると、ますます華やかさが増してムードが出てくる。専務のセンスに、さらにプロの魔法がかかる。

「わあ、これも素敵ですね!」

 眞子もそばで見ていて、自分が着せてもらったかのような気分になってしまうほど、心が躍るコーディネイト。

「きっと明日も、こっちが売れるよ」

 佐伯氏が、コートの衿と裾を綺麗に整えながら、ぼそっと真顔で呟いた。

 ほんとうにそうなってしまうのか。そうなるとどうなるのか。眞子はすこし不安になった。

「うーん、さすが佐伯さん。このコーデ、いい女だよー」

 なのに専務は、さらに出来上がった黒コートのコーディネイトにうっとりご満悦。

 そんなおおらかさが『おぼっちゃん気質』でいいなあと、眞子は羨ましくなってしまう。

 でも眞子はさらに見てしまう。きらきらしているウィンドーのコーディネイトの画像をデジカメで撮影している徹也と麗奈の賑やかさ。そんな二人を専務がちらっと見て、どこか不敵に微笑んでいる横顔。

 その横顔にも眞子は不安を覚える。

「しんちゃん。慎重にいきなさいよ」

「もちろん」

「どうやら、しんちゃんの予測は当たっているかもね。まあ、どうなるか。横浜でじっくり待ってるわ」

 佐伯氏と専務の意味深な会話。

 眞子はさらに胸騒ぎがする。それも、ジャケットのポケットに徹也との約束が隠されているから?


 新商品のコーディネイトも終わり、ショップも営業終了。

 スタッフと共に、眞子と専務も外に出る。


 徹也と麗奈は、佐伯氏ひきいるディスプレイチームと慰労の食事会に行くと一足先に出て行った。

 それを見て、眞子は徹也が指定した時間を思い返す。食事会が始まってから一時間ほどの時間だった。出てこられるのだろうか?

 小雪はもうやんでいたが、息が白くなる夜。街灯りの中、眞子は専務と並んで歩いている。事務所に帰って、今日はそこで終業の予定。

「本田さん。今日は一緒に食事でもどう。コート一番売りの打ち上げ」

 専務がそうして誘ってきたのは初めて。びっくりして眞子は背が高い専務を見上げた。眼鏡の男性が、にっこり優しく微笑みかけている。


 でも、今日は……。


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