・専務さん式リベンジ!(1)
専務が向かったのは、ショップの入口、ドアのすぐ目の前にあるトルソー二体。
お客様がドアを開けて入店して、目の前、すぐ目に付く二体だった。
「左に黒のコートを、右に白のコートを着せよう」
「わかりました」
「黒はパンツスタイル、白はスカートスタイル」
そして専務が、はっきりと眞子に告げる。
「北国の身近なオフィススタイルだ」
驚き、眞子はまた専務を見上げてしまう。でも、眼鏡の専務はいつも事務室で見せている凛々しい横顔。本気を湛えた黒くきらめく目をしている。
眞子はそんな専務の作戦に、初めて胸が熱くなっていた。『リベンジ』そう言ってくれた意味もわかった。
ウィンドーのようなスポットライトがあたる華やかなステージではないけれど、こちらで眞子がやり損ねてしまったこと、貫けなかったことを、ささやかでも実行するチャンスをつくってくれたんだとわかったから……。
しかも専務は、麗奈と徹也がとりこぼした『メーカー、イチオシのコート』をつかって、あのウィンドーにあったかもしれない空気をここにつくろうとしている。
「脱がせておいて。俺、コートの中に着せるアイテムを揃えるから」
トルソーがいま着ている秋の服を眞子が脱がす。その間に、専務は店内にある服をざっと見て回っている。すらっとした長身のモデル並みの男が颯爽と店内の商品を、険しい眼差しで見極める姿には威厳が漂っている。そこだけ特別な空気がたちこめて、専務を際だたせていた。
しかも専務の判断は速い。あっというまに、トップスとボトムを数点選んできた。
「モノトーンで決めよう。小物の差し色で際だたせよう」
「いいですね」
数点のアイテムをトルソーにあてて、専務がバランスと雰囲気を確かめている。
「黒のパンツスタイルはこれとこれだ。白はこれとこれ」
着せてと指示され、眞子も頷いて二体のトルソーに専務が選んだアイテムに着せ替える。
その間に、専務が差し色になる小物を探してくると、またセレクトへと店内を回る。
専務が選んだ服を着せて、徐々にそのスタイルが立体的になると、眞子はやっぱり唸ってしまう。
「黒いハンサムウーマン的なパンツスタイルと、エレガントでキュートな白いスカートスタイル。すごい、素敵」
また専務の魔法が、トルソー二体にかけられる。そこに、洗練された女性がふたり出現したよう。
そんな眞子と専務が始めたことを、ウィンドーディスプレイが仕上がるのを待っている麗奈と徹也がじっと眺めている。気のせいか、徹也は不安そうな顔で、麗奈は不機嫌な顔に見えた。ウィンドーの中で部下のスタッフとディスプレイをしている佐伯氏はこちらを見てにっこり微笑んでくれている。
もうすぐ閉店。それでも、真っ暗になった北国の街を行き来する人々。スポットライトがあたるウィンドーのディスプレイを見上げながら、通り過ぎていく。
また小雪がちらつきはじめていた。外を歩く人々は、白い息を吐いていて、また気温が下がってきたようだった。
「ストールとバッグだ。どっちにストールをするか……」
専務がもってきた鮮やかなブルーのストールに、ビビットなオレンジのウォレットタイプのミニバッグ。
「キュートな白コートには、かえってクールな色のストールで、凛々しい黒コートにはかわいらしいミニバッグというギャップはどうでしょう」
眞子の提案に、専務も『どれ』とそれぞれの小物を、着せ替えが終わった黒スタイルのトルソーと白スタイルのトルソーにあててみて雰囲気を確かめている。
「うん。そうだな。それぞれの色も映える。それで行こう」
黒コートにパンツスタイルのトルソーには専務がオレンジにミニバッグを肩にかけ、白コートにスカートスタイルのトルソーには眞子がクールな青のストールを肩に巻いた。
最後の仕上げ、トルソーの足下に置く靴はさあどうしよう――と専務と話し合おうとした時だった。
「あの、そちらのコート。見てもいいですか」
小雪を肩に乗せた女性が、ショップのドアを開けて入ってきた。
目の前でコーディネイト途中のトルソーを指さしている。
「ちょうど、コートを買おうと思っていたのよね。それ、ラインが素敵と思って入ってきてしまったけれど、試着してもよろしいかしら」
きりっとした顔つきに、いまもきちんとしたオフィススタイル。年齢から見ても、しっかりと仕事を続けてきた役職がありそうな雰囲気のミセス世代の女性。
さっそく、専務の目が眼鏡の奥できらっとした。
「もちろんでございます。どうぞ。いま入荷して、着せたばかりなのですよ」
「あら。そうなの」
「ブランド、いちおしのコートなのです。カシミアで軽いですし、もちろん暖かいです。サイズ違いの一点しか入荷ができないため、いまでしたらお色もサイズも揃っております」
「そう。じゃあ、着てみようかな」
四十代ぐらいのその女性、専務がにっこりと微笑みかければかけるほど、気さくな口調になって、専務と親しんでいくようなムードになった。
そこで眞子は敢えて一歩下がった。専務とお客様の視界になるべく入らないように決めた。いまから、専務がその空気をつくりあげていくだろうし、お客様もそれを望んでいると察したのだ。
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