第十四節 オープニング・パレード 三



 珠都には、多くの人間がいた。

 人妖特区は、その特性上、どうしたって妖怪あるいは半妖が多くなる。人間社会で迫害された過去を持ち、普通の都市での生活が苦しくなった彼らの逃げ場でもあるからだ。

 それでも、珠都には妖怪・半妖を超える多くの人間がいた。

 理由は様々。しかし一番は、飛騨区長による尽力が大きいだろう。

 彼が妖怪に対する偏見を薄め、また彼が区長であるからこそこの街の信頼も勝ち得た。

 ゆえに、この街には多くの人間がいた。


 ◆


「ダイキー、今日のパレード、一緒に行かない?」

 少女は気になる幼馴染の少年を誘い、パレードへ。中高生からすれば、本日のパレードはお祭りのようなもの、それも夏祭りのような意味合いを持つ。

 他ならぬ飛騨区長の就任パレードだ。そこでもし愛の告白でもしたのなら、きっと上手く行くに違いない。

 つまりは、区長の幸運にあやかろうというわけだ。

 彼らには政治の詳しいことはわからない。だから、区長の成功を幸運だと考える。

 それでも、区長に対する信用、信頼は絶大に変わりないのだが。


 ――この街の人間は、前提に『飛騨光実を信頼している』旨が挙げられる。


 ◆


「もう駄目……お腹減ったァ」

「ちょっと早く!! 鯖味噌定食四人前って言ってんでしょ!?」

 狭い店内に鳴り響く人間の怒号。座る席などあろうものか、それでも床に座り、あるいは立ちっぱなしで、今か今かと料理が運ばれて来るのを心待ちにしている。

 常であれば、定食屋の店主として喜ばしいことこの上無いのだが――、

「ぜぇ……うい、四人前お待ちどう……ぜぇ、ぜぇ……」

「キリエちゃん一旦休みな!! あとはアスヴィに任せれば良いから!!」

Merdeくそ!老人に対する扱いが酷すぎやしないかね!?」

「たわけ、都合の良い時ばかり老骨を気取るでない!!」

 紅緒はノエと共に料理を担当し、アスヴィはキリエを手伝う形で配膳をしていた。しかし客の量が尋常で無い上に、注文の数も普通ではない。このままでは店の繁盛の前に店員が潰れてしまう。

「いったいなんだと言うのだ、これは……! どうして我が貴殿の隣で包丁を振るっている……!?」

「アンタが配膳するよりかはあのじいさんに任せた方がマシだと思ったからねえ、なんか人見知りしそうだし!」

「ぬ……いやいやそんなことは。――でなくて。なんだこの状況は。つい先日まで客のひとりもいない、隙間風の吹くような店だったではないか。それがなぜ今日に限って、これだけの客に溢れて――、」

 紅緒の疑問は途中で途切れた。なぜなら、

「ぐっ……!!」

「早く飯寄越せって言ってんだろうがァ!? なにちんたらやってんだよクソッタレがぁああああああああ!!」

「イタタ……困るよお客様。順番は守ってもらわ――ごッ!?」

 アスヴィが、客のひとりに殴られ、蹴られ。そんな場面が目に入ってしまったから。

「――何を、している?」

「紅緒ちゃん……?」

「彼奴らは何をしている? 見た目はどうあっても老骨のそれ。あれか、最近ノ若者ハ、とかいうやつか? 最近は老骨への暴力ですら合法化したのか?」

 紅緒の身体から、ノエですらハッキリと感じ取れるほどの妖力――否、霊力が零れ出る。

「ちょっと、落ち着いて――」

 なんて、言える雰囲気は消え去ってしまった。

 アスヴィに暴力を振るう客のひとりに加え、外で並ぶ客も店内になだれ込んで来て、あっという間に暴動が広がってしまったから。

 もう悠長に料理なんて作っている暇はない。彼らは客ではない。

 そも、これだけ飢えた人間を、人間として扱っても良いのだろうか。

「もう我慢ならぬ――!!」

 紅緒が――力のほとんどをキリエに持って行かれたとは言え――その強大な霊力を持ってして、何かしらを為そうとして、


「おじゃましまーす」


 なんて、間抜けな声にそれは阻まれた。

 ズガン!! と、店の入口に溜まっていた人間が吹き飛ばされる。そうして開けた視界の奥には、四つの影があった。

「んぁー……なんだこれ、全員ちゃんとした人間ヽヽヽヽヽヽヽヽじゃんかよ?」

 学ランを肩に引っ掛け、腰にはレプリカか本物か、鞘に収まった刀を提げている。

 見れば他三つの影も、個々の差はあれど似た格好をしていた。俗に言う制服というものか。

そんな彼らの内、カチューシャで髪をかき上げ、眼鏡を光らせた青年が告げた。


「祓魔師育成学校極東第一支部三年(仮)、祓魔師見習い(仮)、隠神いぬがみ茶釜ちゃがま。あー、ウンタラカンタラ第云々条に則り……って言おうと思ってたけど、相手が人間じゃあなぁ」

 茶釜と名乗った青年の言葉に、隣に立つうさ耳パーカーの少女が反応する。

「んぇえ? そこですっとぼけたこと言わないでくださいよ~。――で、どうするんすか、これ。なんか人間ってか、獣を前にしてる感覚なんすけど~」

 言う間にも、突如割り込んできた邪魔者相手に対する殺意を存分にみなぎらせ、客のような何かであった人間達は彼らに飛びかかる。

「んー、とりあえず――むじな、峰打ちで」

「――御意」

 そんな獣の如き人間達を、長髪の青年が……幾本もの得物で薙ぎ払う。よく見れば、その青年だけ腰に提げた鞘の数が尋常ではなかった。

「が、ぐげ……!!」

 吹き飛ばされた人間達が床に落ち、嗚咽を漏らす。

 何もかもが唐突な出来事。ノエ含む店員の三人は身動きひとつ取れなかった――が、

「……ッ!!」

 ズァアアアア、と景色が一瞬にして移り変わる。

 それは以前見た光景。霊山だという『紅桜山』に、かつて栄えた北見ノ国。

「紅緒ちゃん……?」

 この世界を開いたのであろう紅緒は、ノエの隣でその顔を蒼白に染めていた。

 世界に招かれたのは紅緒、ノエ、アスヴィ。そして突如として現れた制服の男女四人。

 紅緒はその四人を睨みつけるようにして問う。

「貴殿らは……何者だ?」

「あ?」

「その狂った殺意おぞましさはいったい、幾つの命を屠ったら身につく!?」

 問われた茶釜は、あーだの、うーんだのと唸った後、まるで「考えるのやーめた」とでも言わんばかりの気軽さで言った。

「知るかよ。そんなことよりここどこだ? オレ様達を閉じ込めようってのか? 助けてやったのに? っつーか、こんなわざ使えるってことはお前、妖怪か?」

「……!!」

 紅緒の呼吸が荒い。一旦落ち着かせるためにも、会話はノエが引き継ぐ。

「あー、助けてくれてありがとね? アタシはノエ……あの店の、一応、店主なんだけど。ここはこの子が作った世界っていうか、まあ一時的な避難所みたいなもんね。んでこの子は……まあ、お察しの通り」

 厳密に言えば妖怪では無いのだが、そこをいちいち説明する義理もない。

 なにせ、目の前にいるのは正体不明の某か。助けてくれた礼はしても、信用はしない。

「で、アンタらは何者? そりゃあ、助けてくれたのはありがたいけど、こっちも突然過ぎてテンパってんのさ。そこんとこ、わかってもらえないかねえ」

「……そういう小難しいのは苦手なんだけどなあ。しゃーねえ、ここは、」

「はいはーい!! こういう時こそ頼れる秘書、輝夜かぐやさんの出番――」

いと、頼んだ」

「なんでっすかー!!!!」

 騒がしいうさ耳パーカーが茶釜をぽこすか殴る横で、愛と呼ばれた少女が前に出た。

「どうも、初めまして。ひのえいとって言います。以後お見知りおきを――ああ、いいわやっぱり。もしかしたら斬ることになるかもしれない相手に、覚えていろだなんて酷だもの」

「…………」

 なかなか物騒な自己紹介に、ノエは口をつぐむ。

 ノエがこの四人を信用していないように、彼らもまたノエ達を信用していない。当たり前ではあるのだが、彼らの場合は、紅緒の言う通り殺意の高さが尋常ではない。

 隠してはいるようだが、漏れ出る濃密なソレがノエの身体を震わせる。

 肩口で切りそろえられた綺麗な黒髪を揺らし、愛は続ける。

「私達は祓魔師育成学校という教育機関に所属している、いわば妖怪退治を専門とする者です。といっても、まだ見習いらしいのだけど。勘違いしないでね、妖怪を退治すると言っても、悪い妖怪だけ。具体的に言えば――『魔』に堕ちた、どうしようもない悪の妖怪」

「妖怪退治の専門家……かい。で、なんでこの街に?」

「ええ、それです。まさしくそこが問題で。ええと……店主さん?」

「ノエ。……あれ、自己紹介したよなアタシ?」

「店主さんは、」

 頑なに名前を呼ぼうとしない愛は、一拍開けて問いを投げかけた。



「――白い狐ヽヽヽをご存知ではありませんか?」

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