第百四十四話 またね……大空への旅立ち



「えっ、ラームがここに残りたいですって?」


 マキトから説明を受けたラティが、驚きながらラームを見る。すると困らせていると思ったのか、ラームは落ち込んだ様子を見せた。


「ピィ……」

「あ、いえ、別に反対してるワケじゃないのです。ただ、いきなりだったから、ちょっとビックリしちゃっただけで……」

「まぁ、そうだよな。俺もコイツから聞いたときは驚いたよ」


 ラームの頭を撫でながら、マキトが言った。


「この泉で暮らしていきたいって思うほど、ここが気に入ったらしいな。ここのスライムたちも、ラームのことを必要としているみたいだし、俺たちが反対する理由はどこにもないだろ? だったら何も言わずに、話を受けようと思ったんだよ」

「そうでしたか……分かりました。わたしもラームの気持ちを受け止めるのです」


 ラティもマキトの言葉に納得して頷いた。そこに長老スライムが、マキトを見上げながら話しかける。


「マキトよ。ラームはワシが責任を持って預かる。お前さんたちは安心して、旅を続けてくだされ」

「ありがとう、長老さん。ラームも、皆と仲良くな」

「ピィッ!」


 ラームが元気よく返事をしたの見て、マキトも笑みを浮かべる。そして立ち上がりながら、思いっきり伸びをした。


「じゃあ俺たちは、そろそろじいちゃんの家に、って……そういえば吊り橋……」


 肝心の帰り道がないことに、マキトはようやく気づいた。それは他の魔物たちも同じだったらしく、全員揃って口をポカンと開けてしまっている。

 ここでラティが長老スライムに尋ねた。


「あの、他にこの泉から出られる道ってないのですか?」

「道らしい道はないな。この周囲は、渓流と険しい崖に阻まれており、他の場所から入ってきた者は誰もおらん。例外があるとすれば、空から降り立つことだな」

「空から?」


 問いかけながら空を見上げるマキトに、長老スライムも頷き、そして同じように空を見上げた。


「うむ。ちょっと前にも、竜に乗った者がここを訪れたことがあってな。どうやら空高くまでは、結界魔法も届いておらんようだ」

「ドラゴンねぇ……」


 頭の後ろを掻きながらマキトが呟く。要するに空を飛べる手段があれば出られるということなのだが、そんな手段があるワケない。そう思いながらマキトは、この考えを捨てようとしていた。

 そのとき――


『ねぇねぇマスター、ぼくがドラゴンになって皆を運ぶよ!』


 いつもの明るい声でフォレオが言った。そしてそれを聞いた皆は、揃って反応ができなかった。

 コイツ何言ってるんだ。そんな無言の視線に全く気づいていないらしく、フォレオは自信満々な笑みを浮かべるばかりであった。

 流石にそろそろ言ったほうが良さそうだと思いながら、マキトは声をかける。


「いや、いくらなんでもそんないきなり……」

『はあぁっ!!』


 そんなことできるわけがない、とマキトが言い終わる前に、フォレオが自身の魔力を発動させる。獣姿に変わるときと同じように、体が光り出して姿形を変えようとしていた。

 みるみる大きくなり、背中に翼も生えてきた。そして光が止んだ瞬間、目の前には立派なドラゴンの姿が現れていた。


「…………できたな」


 呆然とした表情でマキトが無意識に呟いた。

 まさか本当にドラゴンになってしまうとは思わなかった。その意見は魔物たちも含めて共通しており、フォレオを除く全員が呆然とした表情で見上げている。

 ディオンが乗っていたドラゴンに比べるとサイズは小さめだが、マキトたちを乗せるには十分な大きさであった。

 試しに翼を羽ばたかせてみると、フォレオの体が宙に浮かび上がった。


『やったよマスター。ぼく飛んでるーっ♪』


 フォレオは嬉しそうに叫ぶ。それを見上げるマキトは、やっぱり声は元のままなのかと呑気に思っていた。


「とりあえず……これでなんとか戻れそうだな」


 そう呟きながらも、まさかこうも簡単にドラゴンへの変身を成功させるとはと、マキトは驚かずにはいられない。。

 以前は成功の気配すらなかったというのに、それを魔力が増えただけで成し遂げてしまった。それだけ昨日増やした魔力の量が大きかったということなのか。それともフォレオが持つ才能の大きさなのか。


(……ダメだ。考えても分かんないや。もう細かいことは気にしないでおこう)


 結局、いつもの結論に辿り着いたマキトは、小さくため息をつくのだった。

 そしていよいよ、スライムたちとの別れのときがやってきた。

 マキトたちがドラゴンとなったフォレオの背中に乗り込み、フォレオが再び翼を思いっきり羽ばたかせる。

 宙に浮かび上がるとともに、マキト、ラティ、リムはスライムたちとラームを見下ろすのだった。


「じゃあまたなーっ!」

「バイバーイッ!」

「くきゅー!」


 マキトたちの声に、泉のスライムたちが飛び跳ねながら応えていた。


「気をつけてなー」

「ピィーッ!」


 長老スライムとラームの声を最後に、フォレオは森の木々を突き抜け、遂に空へ飛び出した。そして前方遠くに、クラーレの家が見えた。

 やはり上空には結界の効果は届いてないらしく、飛んでいる最中、特に何かに遮られるような感触もなかった。

 するとここで、ラティが小さなため息とともに呟く。


「やっぱり、少し寂しいのです。旅をしてればこういうこともあるって、分かっているのですけど……」

「まぁ、そうだよな。またいつか、ラームたちに会いに来よう」

「……ハイなのですっ!」


 眩しい笑顔とともに放たれたラティの明るい声は、あっという間に青空の中へと吸い込まれていった。



 ◇ ◇ ◇



 そして翌日、マキトたちは再びクラーレの家で朝を迎えた。

 昨日は旅立ち前の大掃除に費やしたのだ。流石に人の家を散らかしたまま旅立つわけにもいかない。ましてや家主が不在ともなれば尚更であった。

 軽い朝食と掃除を済ませ、マキトたちは旅立ちの準備にとりかかる。

 旅先でクラーレと再会した際には、留守中に泊まらせてもらったことをちゃんと伝えなければならない。それと同時にマキトは思う。


(考えてみたら俺、この世界に自分の家ってモノがないんよだなぁ……)


 それこそ今更過ぎる自覚だった。旅先で特定の宿屋を拠点とすることはあるが、帰る場所というモノは全く存在していない。

 この家はマキトにとって勝手知ったる家だが、あくまでクラーレの家なのだ。例えるならば、田舎のおじいちゃんの家と言ったところだろうか。つまり、本当の意味で帰ってくる場所ではない。

 少なくともマキトは、心の中でそう強く思っていた。


(いずれはどこか落ち着ける場所を見つけて、家を作るのも良さそうだよな)


 そこを拠点として旅に出るのは勿論、たまに帰って来て魔物たちとのんびり暮らしたりするのも良さそうだ。

 しかし拠点を作るとなれば、まずは場所を考えなければならない。果たして自分たちには、どんな場所が望ましいのかをマキトは考えてみる。


(王都みたいな町は……ないな。魔物たちと一緒だと暮らしやすいかどうかという問題もあるし、なにより賑やかすぎて俺が落ち着かない)


 荷物確認を終えたバッグの口ひもを縛りながら、マキトは更に考える。

 もし拠点を作るならば、自然がいっぱいで静かで人が殆どいない、そこで魔物たちと自由に走り回ったりできるような環境が良さそうだ。

 こことは違う、どこか遠い地で自然豊かな場所を見つけ、自分たちだけの拠点作りを目指す。それも面白そうだと考えていると、四匹の魔物たちがジーッと見上げてきていることに気づいた。


「なに、どうかした?」


 やや戸惑いながらマキトが問いかけると、代表してラティが口を開いた。


「なんかマスター、考え事してて楽しそうだったのです」


 その言葉に他三匹もうんうんと頷いた。どうやらさっきからずっと見られていたのだとマキトは思った。

 隠すようなことでないし、ここは素直に明かすことに決めた。


「実はな――」


 マキトは考えていたことを話すと、魔物たちは興味深そうな反応を示していた。


「自然豊かな場所というのは大賛成なのです。元々わたしたちは、そういう環境で暮らしていましたからね」

「そういえば……そうだったな」


 改めてマキトは、現在テイムしている四匹の魔物たちを見渡してみた。

 ラティ、ロップル、リム、フォレオ。よくよく見れば、確かに全員揃って、人里離れた森の中で暮らしていた魔物ではないか。普段は滅多に、人前に姿を見せないと言われている点まで共通している。

 こうも似た者同士が集まるもんかねと、マキトがしみじみ思っていたところに、ラティが明るい笑顔を向けた。


「マスター。いつかわたしたちの家を作りましょうね!」

「え? あぁ、そうだな。良い場所が見つかれば、考えてみたいところだ」


 そしてマキトは、膨れ上がったバッグを片手に立ち上がる。


「じゃあ、そろそろ行こうか!」


 マキトの掛け声に、魔物たちも元気な返事をする。軽く戸締りを確認し、外に出てドアをしっかりと閉めた。

 空は良く晴れており、まさに絶好の飛行日和であった。見送りに来てくれた野生のスライムたちに、マキトたちがそれぞれ別れの言葉を告げる。


「皆、元気でな。またいつか遊びに来るよ」

「お見送りありがとうなのですー」


 スライムたちは名残惜しそうな表情を浮かべていた。軽く胸を掴まされそうな気持ちになるが、マキトはなんとか振り切った。

 そして再び立ち上がり、強気な笑みとともにフォレオを見下ろす。


「よーし、フォレオ! いっちょ頼む!」

『お任せあれ!』


 フォレオは気合いを入れた返事とともに、魔力を発動する。

 増加した魔力もすっかり体に馴染んだらしく、昨日よりもスムーズに変身能力を実行するのだった。

 立派なドラゴンとなったフォレオの背中に、マキトたちが乗り込む。そしてフォレオは勢いよく翼を羽ばたかせ、澄み渡る青空へ飛び上がっていくのだった。


「バイバーイッ!」

「じゃあな!」


 スライムたちに見送られ、マキトたちを乗せたフォレオは、クラーレの家から南に向かって飛び立つ。そのまま川の流れに沿って、快調に羽ばたいていった。

 彼らを邪魔する者は誰もいない。同じく空を飛ぶ魔物たちもまた、ドラゴンと化しているフォレオに驚き、近づこうとすらしなかった。

 そんな中、マキトたちはひたすら空の快適さを味わっていた。


「フォレオも調子が良さそうですね。目指すはオランジェ王国なのです♪」

「あぁ。まずはサントノへ渡る、西の国境へ行こう!」

『りょーかいっ!』


 フォレオは元気よく返事をするとともに、更にスピードを増した。

 あっという間に平原に出た瞬間、たまたま通りかかった冒険者パーティが、驚きで口をあんぐりと開ける状態を作り出してしまうのだが、マキトたちは当然ながら気づくことはない。

 常に前を向いていた。何故ならその先に、辿り着きたい場所があるから。絶対に辿り着きたいという気持ちがあるから。

 本当の意味で、新たなる旅が始まったからこそ、彼らは前を向くのであった。


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