第百三十八話 いつか、あの大空へ
シュトル王国の騎士団が、オランジェ王国の冒険者と協力し、闇商人の悪だくみを辛うじて阻止した。そんな話が王都中に広がっていた。
二年前の盗賊大討伐に比べれば、取り立てて大きな事件とは言えない。闇商人がまた活動を再開したから気を付けなければ。そんな感じの感想がチラホラと飛び交って終わったことだろう――――冒険者たちの大きな犠牲がなければ。
そう。四人の冒険者たちが利用され、無残な死を遂げたというニュースが、人々の興味を引き立たせていたのだ。
恐怖や警戒、そして哀れみに見せかけた――好き勝手極まりない興味を。
しかしそれもまた、仕方がないと言えば仕方がないことだった。冒険者の死というのもまた、色々な意味でウワサにしやすかったのだ。
冒険者の活動は、基本的に全てが自己責任。どんなに危険な目に遭おうが、誰もそれを咎めることはできない。そんな言い訳が成り立ってしまう。
これもこの世界における立派な常識の一つだ。故に今回のニュースが広まってしまうことは、避けたくても避けられなかったと言えるのだ。
たとえその話を止めろと言ったところで、人々は胸を張って言い訳するだろう。
犠牲になった冒険者たちは、身を挺して自分たちに教えてくれた。そのことを皆で共有するのは、至極当然のことじゃないかと。
言っていることが正しいだけに、余計タチが悪い。果たしてどれだけの人物が気づいているだろうか。
その正しい言葉を盾に、自分たちが酔いしれているだけに過ぎないことを。
「今にして思うと、あの荒くれアーダンも、なかなか良いヤツだったよな」
「全くだ。うるさかったけど、なんか憎めないって感じだったよ」
「実に惜しい男を亡くしたもんだな」
「あんなにたくましい人が死んでしまうなんて……グレンさんたちが気の毒だわ」
言葉だけ聞けば、皆がアーダンの死を残念に思っている。
しかし発言している人の殆どが、冒険者ギルドなどでアーダンのことを疎ましく思っていた者たちなのである。
特に数日前、アーダンがギルドを飛び出した際に陰口を叩いていた者が、率先してしんみりした表情を浮かべている。そのことが、グレンたちの機嫌をより悪くする要因となってしまっているのだ。
(皆揃ってこれ見よがしに言ってるな……胸くそ悪い……)
グレンは心の中でそう吐き捨てた。町の人々の反応に対して、苦虫を噛み潰すような表情を浮かべている。同じ仲間であるマーチスも、非常に不愉快そうなしかめ面をしていた。
「手のひら返しってのは、まさにこのことだね」
「あぁ。ここまであからさまだと、怒りを通り越して感心すらしてしまうな」
グレンとマーチスは、そう言いながら目の前の墓石に視線を向ける。
今回の事件で犠牲になった冒険者の一人、彼らのリーダーを務めていたアーダンの墓である。
行方不明になっていたリーダーが、突如遺体になって帰って来たことに、二人は驚かずにはいられなかった。
違和感はあった。ギルドから飛び出していったっきり、全然帰ってこないことを心配していた。どうせすぐに酒を飲むなりケンカをするなりして、朝になったら綺麗サッパリ忘れて帰ってくると、そう思っていたのに。
確かに少しばかりウンザリはしていた。頭に血が上りやすい暴れん坊として、悪い方向ばかりに評判が上がる。頼むから少しは考えてくれと、グレンもマーチスもどれだけ考えたことか。
早く王都から出て行けばいいのに。グレンやマーチスも、どうしてあんなバカな男と一緒にいるんだろうか。
そんな言葉は、日常茶飯事の如く聞こえていた。アーダンが消えてからは、より一層増えた。本人がいない今がチャンスだと、そう言わんばかりに。
しかしそんなアーダンが死んだ瞬間、町の人々はガラリと態度を変えた。皆がこぞってアーダンのことを悲しみ、立派だったと言い始めたのだ。
言葉は悪くないのに、とても嫌な気分となる。まさにやり場のない怒りが、二人にねっとりと纏わりついていたのだった。
そんなことをなんとなく思い返していたマーチスは、小さく噴き出しながら自虐的な笑みを浮かべる。
「……まぁ正直な話、僕らも人のことは言えないと思うけどね」
マーチスがそう呟くと、グレンもまたクスッと笑いだした。
「確かにな。きっと今頃地獄で、俺たちのこと恨んでいるに違いないさ」
青空を見上げながらグレンは苦笑しながら呟く。まるで目から零れ落ちるモノを必死に我慢しているかのような声であった。
勿論マーチスはそのことに気づいていたが、自分も殆ど同じ気持ちであるため、何も言わなかった。
そして、何となくグレンに対して思っていたことを口に出してみる。
「ねぇグレン。もしかしなくても『なぜあの時止めなかったんだ?』って思ってるでしょ? そして『もう冒険者をやる資格はない』みたいなこともさ?」
「……そんなに分かりやすかったか?」
「伊達に長い付き合いじゃないってことさ。見損なわないでほしいもんだね」
「そうか……すまん」
「別に謝ることはないんだけどねぇ」
グレンの謝罪に対し、マーチスは苦笑しながら言う。
あくまで『しょーがないなぁ』という感じのモノであり、さっきのグレンのように我慢している様子は見受けられない。
そんなマーチスの視線は、パレードもどきからグレンに移る。
「ところでさぁ、俺たちこれからどうするよ? もうリーダーもいないしさ」
「そうだな……正直、これっぽっちも浮かんでこないんだ。なんかこう、胸から何かがポッカリ取り除かれて、妙に力が出てこない……そんな感じだよ」
「グレンってば相当参ってるねぇ……まぁ、俺もなんだけど」
確かにマーチスの声も、先日よりかは覇気が見られない。やはりグレン同様、アーダンを失ったショックがとても大きかったのだ。
荒くれで問題ばかり起こしていた男でも、もう二度と目の前に現れないという事実は二人の気持ちに大きく影を落とさせることとなった。
マーチスはグレンの言葉を汲み取り、いつもの軽い感じの口調で答える。
「じゃあ、パーティ活動はしばらく休業ってところかな? 俺は俺で、気ままにクエストでもこなして小銭稼ぎしているさ」
「ありがとう、マーチス。本当に感謝してる」
「いいってことさ。そんなことより、早速ギルドに行こうぜ。ギルドマスターにもちゃんと話しておかないと……」
「そうだな……行こうか」
二人は人込みを掻き分けながら冒険者ギルドへ向かって歩き出す。
笑顔こそ見せていたが、その寂しげな雰囲気は決して拭えていなかった。
◇ ◇ ◇
マキトたちが西の国境を目指して旅を続ける中、その休憩中のことだった。
『はぁ~~~~っ!!』
フォレオが空を見上げながら、小さな両手を目いっぱい広げ、大気中の魔力を吸収している。体が光ったと思いきや、すぐにその光はかき消されてしまう。
どうやら何かに変身しようとしているようだが、ことごとく失敗に終わっているようだ。マキトたちもフォレオの邪魔にならないよう見守っていたが、流石に何回も何回も失敗を重ねているところを見ると、不安を覚えずにはいられなかった。
「フォレオ、変身の練習をしているのですよね?」
「まぁ、そうだろうな」
「そんなに難しい何かに変身しようとしているのでしょうか?」
「あれだけ苦労している感じだし、そうなんだろうな」
マキトとラティが淡々とやり取りを行い、他の魔物たちも遊びを中断し、皆でジッとフォレオの様子を見ていた。
そんな皆の視線に全く気づいてないかのように、フォレオは一心不乱に練習を繰り返している。どんなに失敗しても、絶対に諦めるもんかという強い気持ちが、伝わってくるような気がした。
「お前たち、フォレオから何か聞いてないか?」
マキトがロップルたちに問いかけると、揃って首を横に振る。どうやら誰も何も知らないようだ。
ラティも同じく知らないらしく、不安そうな表情で首を傾げている。
「こりゃ直接聞いてみるしかないか」
マキトがそう呟いた瞬間、ちょうどフォレオがまたしても変身に失敗し、疲れて座り込んでしまったところであった。
パタッと仰向けに倒れ、青空を見上げて落ち込むフォレオに、マキトが歩み寄りながら声をかける。
「フォレオ、大丈夫か?」
『……だいじょーぶ』
顔を少し背けながらフォレオが答える。マキトは苦笑しながらその場に座った。
「何に変身しようとしてるのか、良かったら俺たちに教えてくれないか?」
マキトの問いかけに、フォレオはそっぽを向いたまま答えない。ラティや他の魔物たちも、皆フォレオの元に駆け寄ってきた。
そしてふぉれはムクッと起き上がり――
『……ドラゴン』
と、一言呟くのだった。魔物たちは若干驚いた様子を見せていたが、マキトはすぐに何かを察したような様子を見せる。
「ドラゴン、ねぇ……もしかして、こないだディオンさんが乗ってたのを見て?」
『ん……』
コクッと頷くフォレオは、再び空を見上げた。
先日、ディオンがドラゴンに乗る姿を見て、フォレオはとてもカッコいいと憧れを抱いたのだ。ドラゴンに変身して、澄み渡る広い青空を飛んでみたい、と。
元々なれる獣姿も、この一年半で成長を遂げていた。マキトたちを背中に乗せて走れるくらいに大きくなっていた。ならばドラゴンになれる可能性だってあるハズじゃないかと、フォレオは思っていたのだ。
しかし、どれだけ練習しても、一向にドラゴンになれない。魔力を集めるところまではできているのに、肝心の魔力で姿形を変えようとする部分で、お決まりのように失敗してしまうのだった。
そんなフォレオの事情を聞いたラティが、ある一つの予測を立てる。
「もしかしたら、元々フォレオが持っている魔力が、足りてないのかもですね」
ラティの言葉にマキトが続ける。
「大きな獣にはなれても、ドラゴンになれるほどの魔力がないってことか?」
「恐らく……」
しょんぼりしているフォレオの頭を撫でながら、ラティが頷いた。
「でもそうなると、今のままでは厳しいと思うのです。確かに魔力の量は、鍛えれば増やすこともできますけど、ドラゴンさんほど魔物となれば……」
「別の方法で増やすしかないってことか。まぁ、そう簡単に魔力を増やす方法があるとも思えないけどさ……」
「ありますよ?」
アッサリと答えるラティに対し、マキトは訝しげに目を細める。
「……仮にあったとしても、危険な方法ならさせたくないぞ?」
「大丈夫なのです。魔力を宿す木の実や水などを摂取するだけですから」
「そんなんでいいのか? 随分と簡単すぎるような……」
思わず呆気に取られてしまうマキトに、ラティは苦笑を浮かべた。
「えぇ、その木の実や水などが手に入れば……の話なのです」
「つまり手に入れるまでが難しいと?」
「……なのです。ましてやドラゴンさんに変身するほどの魔力を得るとなると、より強い魔力を宿すモノを手に入れる必要があるかと……」
ラティが項垂れながら答えた。それを聞いた他の魔物たちも、それじゃあ厳しいよなと言わんばかりに、深いため息をつく。
魔力を宿す食べ物や水は、誰かが人為的に作ることは不可能とされており、どこかで自生するのを期待するしかない。しかしその環境条件が厳しく、見つけるだけでも困難を極めると言われている。
ちなみに、魔力を持たない物からすれば、単なる木の実や水でしかない。いくら食べたところで、効果は全く出ないのだ。ゼロにいくら数字をかけても、答えがゼロになってしまうように。
「そんなのがあるなら、どこかで誰かが売っててもよさそうだけど……」
「魔力を宿している食べ物は、採取したらすぐ食べないと、宿っている魔力が消えてしまうのですよ」
「つまり木の実の場合は、魔法の木の実から、ただの木の実に戻るってワケだ」
「大体そんな感じなのです」
「なるほどね……ってことはだ……」
ラティの言葉に頷きつつ、マキトは思い浮かべたことを口に出す。
「どこかでその魔力を宿した木の実や水とやらを、俺たちが自力で見つけるしかないってことか。まぁ、どこか魔力を湧き出してる場所にでも行ってみれば、水くらいは手に入れられそうな気もするけどな」
マキトが淡々と呟いていると、魔物たちが揃ってポカンと口を開けながら見てきていることに気づく。
その様子に戸惑いながら、マキトは魔物たちに問いかけた。
「……どした? なんか変なことでも言ったか?」
「いえ、マスターはどうしてそう考えたのかなーって思ったのですけど……」
「どうしてって言われてもなぁ……」
マキトは後ろ頭をボリボリと掻きながら言う。
「フォレオが普通に魔力を集めてたろ? あれって自然の魔力なんだよな? だとしたら、そう遠くないどこかで、自然の魔力を発してる何かがあるってことになるんじゃないか?」
またしても魔物たちは、そんなマキトの言葉に驚きを隠せない様子であった。妙な気まずさをマキトが感じていたとき、ラティが口を開く。
「……考えてもみなかったのです」
「いや、俺も実際あるかどうかは知らないけどさ。今言ったのだって勘だし……」
「くきゅくきゅっ!」
「キュウッ!」
「リムもロップルも、あり得ると思うよと言ってるのです。ちなみにわたしも同意見なのです。もしかしたら、この国にもそれがあるかもしれないのですよ!」
詰め寄りながら語尾を強めるラティに、マキトは完全に押されていた。ここで改めて魔物たちを見渡すと、マキトはあることに気づいた。
(そういえば……ラーム以外は全員、魔力を扱うんだったな。そりゃ興味も出てくるのも、当然と言えば当然か)
魔力が高まれば、それぞれの能力の底上げに繋がる。魔物たちが強くなれば、冒険の幅も広げることができる。
なによりフォレオがドラゴンになって空を飛べるようになれば、それは途轍もなく便利な移動手段となる。数ヶ月かかっていた旅が、ほんの数日で事足りるようになるかもしれないのだ。
だとしたら、魔力強化を目指さない手はない。そうマキトは思うのだった。
「よし、良い機会だ。皆の魔力強化を目指してみるとしようか!」
マキトがそう言うと、魔物たちが皆、喜びの声を上げる。しかし――
「とはいえ、どこを探せばいいかだけど……魔法かぁ」
まだ手がかりすら全く掴めていない状況であり、動こうにも動けない。ひとまずマキトは、魔法というキーワードで考えてみることにした。
「シュトル王国で魔法……クラーレのじいちゃんぐらいしか思い浮かばないな」
思い出したのは、旅立ち前のこと。三人の盗賊たちを退けるクラーレの姿が、マキトの脳裏にハッキリと蘇る。
クラーレの魔法は凄まじかった。そして衰えている様子もなかった。
確かにクラーレ自身の実力も凄かったのかもしれないが、果たして本当にそれだけだったのだろうか。
「ラティ。じいちゃんの魔法って凄かったよな?」
「凄かったのです。きっと引退してからも、鍛錬を積んでたと思うのです」
「あぁ。それは俺も思うけど……」
マキトは頷きつつも、考えていた一つの考えを提示する。
「もしかしたら、魔力強化に繋がる何かを持ってたんじゃないかな? 例えば、あの家の近くに秘密の場所があるとかさ」
それを聞いたラティは驚き、そして顎に手を当てて考える素振りを見せる。
「確かに……ないとは言い切れないと思うのです」
「だろ? じいちゃんの家に行けば、何か分かるかもしれないな」
「なら決まりなのです! すぐにおじーちゃんのお家に向かうのですっ!」
ラティがそう叫ぶと、魔物たちも気合いの入った鳴き声を響かせた。こうしてマキトたちは、クラーレの家に再度向かうことが決定したのだった。
(もしかしたら、じいちゃん帰ってきてるかもしれないしな)
そんな期待も密かに込めながら、マキトはフォレオに視線を落とす。
「フォレオ。変身行けるか?」
『だいじょーぶ! 思いっきり走れるよっ!』
「じゃあ頼む!」
マキトがそう言うと、フォレオはすぐさま魔力を集め、体を光らせる。大型の四足歩行の獣姿となったその背中に、マキトたちは颯爽と乗り込んだ。
「よし、出発だ!」
『おーっ!』
フォレオは思いっきり地を蹴って駆け出した。景色がどんどん流れていき、まるで風になったかのような感覚を味わう。
ちなみにフォレオは普通に叫んでいたが、周囲には大型の獣が凄まじい雄たけびを上げていたように見えており、近くにいた他の冒険者たちを驚かせてしまっていたのだが、マキトたちは誰もそのことに気づいていなかった。
「マスター、楽しみですね♪」
「あぁ、楽しみだな!」
マキトとラティが笑顔でいう中、フォレオは山道をどんどん駆け上がっていく。目的が定まった彼らの目は、いつになく輝いているように見えていた。
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