第百三十四話 キリュウと二つの宝玉



「結構長い距離を歩いてるが……目的地はまだなのか?」

「もうすぐだ。しかし流石の俺も予想外だった。馬車で何日か費やすほどの距離だと言われてるんだが……まさかこんなに早く着きそうになるとはな、ハハッ!」


 わずかに苛立ちを込めた口調のアーダンに対し、ガルダが苦笑を浮かべる。その後ろを歩く二人の男は、既に息が絶え絶えとなっていた。

 雨が止み、地面がぬかるんでいるにもかかわらず、アーダンもガルダもなんてことないかのように歩き続ける。

 そんな彼らを、後ろにいる残りの二人が呆れ果てた表情で見ていた。


「なぁレジィ。流石に俺はいい加減疲れたんだが……」

「奇遇だなナッツ。俺も大概体力には自信があるほうなんだが、あのアーダンってのは規格外もいいところだぜ。まるで疲れてる様子がねぇ」

「それはガルダさんも同じだろ。むしろ俺たちが普通だと思いてぇさ」


 レジィとナッツという名の二人の冒険者はガルダの仲間であった。

 二人もまた、キラータイガーを倒して名声を立てたいという思いからガルダの誘いに乗ったクチであった。

 しかし早くもその判断は軽率だったかもしれないと後悔し始めていた。


「馬車だと怪しまれるから徒歩で行くと言い出した時には疑うべきだったな。まさか殆ど休憩なしのぶっ通しで歩く羽目になるとは……」

「初日なんて夜明け前にこっそり抜け出してからずっとだぜ? そのまま徹夜してまで歩き続けるし……太陽が昇って沈んでを繰り返し見届けたのは、それこそ人生で初めてかもしれねぇなぁ……」


 ここ数日、食事休憩以外では殆ど立ち止まらずに歩き続けてきた。しかしそれだけならまだマシとも言えていた。

 レジィとナッツが、一番問題に思えていたのは――


「んだとガルダ? テメェ、まさか俺様がただの体力バカだと言いてぇのか?」

「アーダン……なぜお前はすぐケンカ腰になるんだ? お前のその体力自慢のおかげで予定より早く到着できるんだ。むしろ褒めてるつもりなんだぞ?」

「な、なんだよ急に……照れるじゃねぇか!」


 さっきの怒りはどこへやら。すっかり上機嫌となったアーダンは、スキップするかのように軽い足取りで前を進んでいく。

 もう何度か繰り返してきたやり取りに対し、二人は更にため息をついた。


「何でガルダさんは、あんな恐ろしい体力バカを誘ったんかな?」

「全くだ。付き合わされる俺たちの身にもなりやがれってんだよなぁ……」


 レジィとナッツは肩で息をしているにもかかわらず、前を歩くアーダンとガルダはまるで平然としている。

 休憩も殆ど取らずに、何日も歩き続けた人間とは思えない姿であった。しかも、襲い掛かってくる魔物はしっかり相手をして片づけている。

 他の冒険者が彼らの姿を見たのならば、恐らくこう思っただろう。もはや下手な騎士よりも強いのではないかと。

 加えて夜通し歩き続けるという考え自体が、常識外れもいいところであった。

 夜になれば、周囲の視界は閉ざされるも同然である。魔物の行動はむしろ活発になりかねないため、下手に夜は動かない。冒険者からしてみれば、基本中の基本ともいえる考え方であった。

 しかし、アーダンとガルダには、その基本が通じなかった。そしてここまで何事もなく歩いてこれてしまっているのだ。

 恐らく自分たちが休みましょうと進言したところで、聞いてくれないだろうと、二人は心の中で考えていた。俺たちが歩けてるんだからお前たちも歩けるに決まってるハズだと、そう言われるに違いないと。

 今夜もちゃんと休むことはないだろうなと、なんとなく諦めていた。

 しかし――


「流石にもう夜だ。明日の朝出発すれば、目的地まではすぐそこだ。今日はもうこの辺で休むことにしよう」


 ガルダが立ち止まり、そう言った。まさかの展開に、レジィとナッツは疲れた表情を輝かせる。その一方で、アーダンが不満そうな表情を浮かべてきた。


「あーん? 何でこんなところで休むんだよ? 俺はまだまだ歩けるぜ? なんならもう一晩歩いていけるくらいだ」


 拳を握り締めながらニヤリと笑うアーダンに対し、レジィとナッツはゲンナリとした表情を浮かべた。

 アンタ一体どこまでバケモンなんだよ、と。

 とはいっても、そう考えていることがバレたら面倒なので、あくまで心の中でコッソリと思うだけに留めていたが。

 同時に二人は、ガルダの言葉に対して驚いていた。きっとまだまだ歩き続けるんだろうなと、レジィたちは思っていた。しかし、その予想は覆された。

 やっと休めるという嬉しさと、意外な(冒険者としては基本中の基本な)決断をした驚きに挟まれ、どんな反応をして良いのか分からなかった。


「お前さんの気合いは見事に他ならないが、俺たちの目的を思い出してみろ」


 ガルダの問いかけに、アーダンは頭をボリボリ掻きむしりながら答える。


「何だよ突然……ドラゴンのチビガキを保護するんだろ? 全然楽勝じゃねぇか」


 この近くにいると言われている、迷子のドラゴンの子供を見つけ出し、依頼者に返すこと。それが今回の四人の狙いであった。

 ちなみにアーダンは、ガルダが持ち掛けてきた話を聞いただけで、ガルダの言う依頼者が何者なのかは全く知らない。そもそもどうでもいいとすら思っていた。今のアーダンの頭は、結果を出すことしかなかったのだから。

 加えて完全に成功した気になっている。たかが小さい魔物一匹に手こずるような弱さは持っていないと、アーダンはそう思っているのだ。

 しかしそこに、ガルダから待ったの声がかけられる。


「甘いな。油断は禁物だぞ」

「んだとぉっ!? テメェ……俺様の実力をバカにするんじゃねぇぞ!」


 掴みかかろうとするアーダンに、ガルダは手を軽く上げてそれを制する。


「バカにはしていない。ミッションを確実に成功させるために、万全の状態を整えておこうと言ってるだけだ。そのほうが、よりお前の力を発揮できるだろう?」

「けどよぉ……」


 あくまで自分のためだと思えたアーダンは、なんとか怒りを鎮める。しかし今度はやるせない気持ちに駆られた。

 折角調子が良くなってきたところを邪魔された。言ってみればそんなところだ。

 そんな彼の様子を汲み取ったガルダは、苦笑気味に語る。


「焦るなと言ってるんだ。冒険者は常に冷静な判断が必要になってくる。アーダンが体制を整える姿を見せれば、受付嬢も見直してくれるだろうよ」

「なっ……!」


 受付嬢、という言葉にアーダンが酷く反応する。

 普段からあまり動くことのない思考が、珍しくフル回転し始めて、やがてそれは一つの映像が映し出される。


『アーダンさん、ドラゴンの子供を保護されたのですね。素晴らしいです!』

『なぁに、俺は冒険者として、当然のことをしたまでに過ぎんよ』

『おまけに冷静な判断をなされたとか……これほどの賢さに、ずっとずっと気が付かないなんて……私はなんという愚かなことを……』

『気にすることはないぜ。アンタのその気持ちだけで十分さ』

『ところで、その……今夜お時間ありますか? 是非とも二人っきりで、ゆっくりとお話がしたいのですが……』

『良いだろう。俺と一緒に、最高の夜を過ごそうぜ、お嬢さん?』

『アーダンさん……ありがとうございます♪』


 口からよだれを垂らし、だらしなく頬を染めながら笑うアーダン。レジィやナッツは勿論のこと、流石のガルダも少し引いてしまっている。

 やがて我に返ったアーダンはよだれを吹きつつ、やや挙動不審気味に、ガルダに対して首を縦に振り始める。


「確かに、テメェの言う通りだよな。用心に越したことはねぇ!」

「なら話は決まりだな。レジィ、ナッツ! 明日に備えて野営の準備だ!」


 助かった、とそう思わずにはいられなかった。

 ガルダもアーダンと同じで常識が飛んでいるのだと思ってしまっていた。そんな自分が恥ずかしくなり、殴り飛ばしたくなる気持ちにすらなってくる。

 レジィとナッツはそんな事を思いながら、せっせと焚き火と簡易テントの準備に取り掛かるのだった。

 腰を落ち着けてしばらくすると急に疲労が体中を回り、思うように体が動かなくなってくる。レジィとナッツはそのまま意識を飛ばしてしまうのだった。


(流石にちょいと飛ばし過ぎたか……)


 死んだように眠る二人を眺めながら、ガルダは苦笑いを浮かべる。

 結果を出したいがために、自ら気を急いでしまっていたのかもしれない。アーダンの熱意に押されてしまったというのもあるだろう。

 そう思いながら、ガルダは反対側から聞こえてくる声のほうを向く。

 アーダンが汗を流してシャドーボクシングを行い、気合を高めているのだ。

 流石のガルダもその様子には若干引いていた。どこにそんな体力が残っているんだと聞いてみたくなる。仮に聞いたところで大した答えなどないと思われるが。

 アーダンは目をギラつかせており、口元は笑みが浮かんでいた。

 その時――


「張り切ってますねぇ」


 暗闇から、突如そんな声が聞こえてきた。ガルダはバッと慌てて立ち上がり、アーダンもピタッと拳を止め、視線だけを声が聞こえたほうへ向ける。

 ローブを身に纏った謎の人物が、ゆっくりと姿を見せた。それを見たガルダは、驚きの表情を浮かべる。


「アンタは……どうしてこんなところに?」

「何だよ、お前の知り合いか?」


 ローブの人物を警戒しながら、アーダンがガルダに尋ねる。するとガルダは、硬い表情のまま答えた。


「……今回の依頼主だよ」

「なんだって?」


 アーダンは驚いて、依頼主であるローブの人物を見る。


「お初にお目にかかります。私の名はキリュウ。ガルダさんに仕事の依頼をした者でございます」


 ローブの人物ことキリュウが、アーダンに向かって深々とお辞儀をする。


「アーダンだ。依頼主ってのは分かったが、何か用でもあるのか?」

「えぇ、そうです。お二人に用があって参りました」


 キリュウがローブの中から、二つの宝玉を取り出しながら言う。


「この魔法具を使えば、使用者の力を爆発的に上げることができます。ただし一定時間しか効果を得ることができず、なおかつ大きな代償を支払っていただく必要もございますが……」


 魔法具である宝玉の効果を開設するキリュウに、アーダンは笑い声を上げた。


「ハハッ! 生憎だが、俺にはそんな道具なんぞ必要ねぇな。この拳一つで、なんとでもなるからよ」

「ドラゴンライダーが現れる可能性があってもですか?」

「何?」


 アーダンが怪訝そうな顔を向ける。


「確かそれって、冒険者の職業の中でも、かなり特殊なヤツじゃなかったか?」

「正解です。その人物が今、シュトル王都に来ています。目的は……ドラゴンの子供の保護だそうですよ」


 キリュウの説明に、アーダンの表情が怒りに満ちてきた。


「気に入らねぇ……俺たちの成果を横取りしようってことかよ」

「その真偽はともかくとして、ぶつかり合いになる可能性は十分高いです。確実なる成果を出していただくためにも、どうか受け取ってくれませんか?」


 キリュウからスッと差し出される宝玉を、アーダンとガルダはジッと見つめる。やがてガルダが頷きながら、宝玉に手を伸ばした。


「良いだろう。用心するに越したことはないからな」

「……しゃあねぇな。俺も受け取ってやるよ」


 そしてアーダンも渋々ながら、キリュウから宝玉を受け取った。するとキリュウは満足そうな笑みを浮かべ、そして頭を下げた。


「ありがとうございます。とても危険な代物であるが故に、その二つしか用意できなかったのが残念なところですが……」

「構わないさ。これもいざという時にしか使わんよ」

「あぁ、こんなモノ必要ないと思うが、念のために受け取っただけだからな」


 ガルダとアーダンはそう言ったが、その表情は笑っていた。強くなれるアイテムを手に入れることができて、心の中では嬉しくて仕方がなかったのだ。

 強い魔物や冒険者にも負けなくなるのなら、多少の危険さは怖くない。二人の気持ちは一致していた。


「そうそう。もう一つお伝えしておこうと思っていたんでした。お願いしていたドラゴンの子供の居場所ですが、ここから南西にある丘の上にいるようです。しかもそこには、先客がいるようでして……」


 先客という言葉を聞いた瞬間、アーダンとガルダの眉がピクッと動いた。


「珍しい魔物をたくさん連れた冒険者の少年のようでした」

「ほう、そりゃあ興味深いな」


 キリュウが言い終わると同時に、アーダンがニヤリと笑う。そしてガルダも、受け取った宝玉を懐にしまいながら頷いた。


「俺も同感だ。こんなところで休んでる場合じゃねぇな」


 そしてガルダは、焚き火の傍で気持ち良さそうに寝ているレジィとナッツの元へ向かい、乱暴にたたき起こす。


「ふぎゃっ?」

「な、何事だっ?」


 レジィとナッツが飛び起き、キョロキョロと見渡しながら慌てふためく。その様子を見下ろすガルダは、ため息をつきながら言った。


「……バカやってねぇでさっさと支度しろ。すぐに出発するぞ」


 ガルダの言葉を聞いた二人は、ワケが分からずポカンと口を開いてしまう。そして再度慌てながら、レジィが起き上がって問い詰めた。


「ちょ、待ってくださいよガルダさん! 今日はゆっくり休もうって……」

「ゴチャゴチャ言ってんじゃねぇ! いいからさっさとしろ!」


 そう怒鳴り散らして、ガルダは荷物をまとめ始める。もはや有無を言わさないということは、誰が見ても明らかであった。

 よく分からないが、ひとまずここは黙って従ったほうが良いと、レジィとナッツはお互いに顔を見合わせ頷き合う。

 そして急いで荷物をまとめ始める中、キリュウが口を開いた。


「皆さまの幸運を、お祈りしております。よろしくお願いいたします」


 そしてキリュウは静かに立ち去った。

 もっとも、アーダンもガルダも南西にある丘へ向かうことに夢中となっており、レジィとナッツは出発の準備を必死に行っていたため、キリュウがその場から去ったことには誰も気がつかなかった。

 ――立ち去る際、彼があざ笑うかのような表情を浮かべていたことも含めて。



 ◇ ◇ ◇



「マスター、星がいっぱいなのです」

「あぁ、凄いもんだな」


 寝袋に潜り込み、マキトはラティとともに、夜空を眺めていた。

 昼間はどんよりとしていた雲が、夕方にはすっかり晴れ、夜になった今、たくさんの星で埋め尽くされている。

 あれからポイズンパピヨンも、そして他の魔物も現れることなく、丘の上は静かな時間が流れていた。

 こんな時は外の芝生に寝っ転がれば気持ちいいのだろうが、流石に雨が降った後の地面でそれはできない。加えて高台ゆえに風も強く、テントに入ってないと肌寒くて仕方がない。

 魔物たちも全員、マキトと一緒にテントの中に入っていた。起きているのはマキトとラティだけであり、小さな飛竜も含め、皆グッスリと眠っていた。

 小さな飛竜はすっかり元気になり、魔物たちともすっかり打ち解けていた。そしてマキトに対しても、自分を助けてくれた恩人として認識していた。

 ロップルたちと寄り添いあい、気持ち良さそうに寝息を立てる姿に、マキトとラティは小さな笑みを浮かべる。


「元気になって良かったのです。テイムできなかったのは残念でしたけど」

「しょうがないよ。まずはパパとママのところへ帰りたいって言ってるんだから」


 マキトは夕方、目を覚ました小さな飛竜の話を思い出す。

 ある日、たまたま両親から離れてあちこち見ていたら、突然誰かに捕まった。そして気がついたらこの大陸に来ていたらしい。

 まずはどこかにいる両親の元へ帰りたい。小さな飛竜はそう強く願った。

 小さな飛竜が結構可愛いと思い、テイムしようかと考えていたが、ラティの通訳でそれを聞いたマキトは、今は止めておこうと諦める。

 少なくとも仲良くなることはできた。それだけでも十分な成果だと、そう思うことにしたのであった。


「まぁ、とりあえずそこらへんは、明日にでも考えてみよう」

「そうですね。今日はゆっくりするのです」


 そしてマキトとラティは、再び星空に視線を戻す。するとマキトの表情が、どこか浮かないそれに切り替わった。


(本当に……これでひと段落で良いのか? まだ何かあるんじゃ……)


 そんな胸騒ぎを、マキトは感じてならなかった。

 そしてそれが見事的中してしまうことを、今の彼らは知る由もなかった。


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