第百三十三話 交わる強欲
時は数日前まで遡る――
シュトル王国の冒険者ギルド。ギルドマスターの執務室にて、ギルドマスターと一人の魔人族の男が会話をしていた。
「そうか、闇商人がドラゴンを持ち込んできたか……うむ、話はよく分かった」
「突然こんなことを申し出て、申し訳ないとは思っております」
「とんでもない。オランジェ王国のギルドマスターからの申し出でもある。協力は惜しむつもりは毛頭ないよ」
蓄えられた白い顎ひげを引っ張りながら、ギルドマスターが笑みを浮かべる。
「だが知ってのとおり、この国は未だ、先日の事件が尾を引いておる。動かせる人員にも、限りが出てきてしまうのが心苦しいところだが……」
「承知しております。ご協力いただけることを、本当に感謝いたします」
魔人族の男が再び頭を下げると、ギルドマスターは苦笑しながら手を掲げ、気さくな口調で話しかける。
「かしこまる必要はない。確かディオンと言ったな? 明日にでも、情報収集能力に長ける冒険者を紹介しよう。今日はゆっくりと休みなさい。さぞかし長旅で疲れたことだろう」
「はい。ありがとうございます」
魔人族の男ディオンが、ギルドマスターとともに席を立ち上がった。
その時――
「くそぉっ! なんなんだよ、あのひよっ子なガキどもはよぉっ!」
野太い男の叫び声が聞こえてきた。どうやら表のロビーのほうからだが、冒険者が暴れているのだろうか。
そんなことをディオンが考えていると、ギルドマスターが深いため息をついた。
「またあの男か……スマンな、驚かせてしまって」
「いえ、そんなことは……騒ぎなら、行ったほうがよろしいのでは?」
「気にしないでくれ。いつものことだからな」
「は、はぁ……」
ディオンは戸惑いながら頷き、そして改めて少し考えながら思う。
(まぁ、確かに俺にはどうでもいい話か。そんなことよりも、早いところドラゴンの子供を見つけて、保護しないとな)
ディオンがオランジェ王国からシュトル王国へ来たのは、オランジェ王国のギルドマスターからの仕事の依頼であった。
とある闇商人が、ドラゴンの子供を攫って、逃亡してしまったのだ。
無論、一人でそれが出来るワケがない。何人かの共犯者がおり、ディオン率いる冒険者たちによってその共犯者全員が捕らえられ、尋問したことにより判明したことであった。
闇商人の動きを追跡しているうちに、なんとシュトル王国まで逃げたという情報が飛び込んできた。そこで小さなアクシデントに遭い、ドラゴンの子供を逃がしてしまったという内容も。
ディオンがシュトル王国側の国境で聞き込みを行った結果、ドラゴンの子供が逃げていく姿を見たという冒険者パーティに出会った。
同時に、怪しいローブを羽織った人物が、東側へ逃げていく姿を見たとも。
そしてディオンは情報提供の礼を言って冒険者パーティと別れ、急いで王都までやってきたのだった。
オランジェ王国のギルドマスターから、王都のギルドマスターに充てられた書状を手渡し、経緯を全て話して今に至るのである。
(ドラゴンに乗って来たから、闇商人にも追いつけると思ってたんだが……とにかく探すしかないな。ドラゴンの子供が無事であることを祈ろう)
ディオンが気を持ち直したところに、ドアがノックされる。
「失礼します……あっ、お客様がおられましたか」
入ってきたのは、受付嬢であった。手元にはなにやら資料が握られている。
「申し訳ございませんでした。出直します」
「構わんよ。何か急ぎの用かね?」
そのままドアを閉じようとした受付嬢に、ギルドマスターが片手を上げながら問いかける。受付嬢は改めて失礼しますと呟きながら入室し、手に持つ資料を差し出しながら話を切り出した。
「とある冒険者について、怪しげな行動が見られたという情報が……」
「ふむ……ん? これはまさか……」
ギルドマスターが資料を読んでいくと、ある個所に目が留まった。そして数秒ほど無言で目を通し、やがて顔を上げ、ニヤリと笑みを浮かべる。
「ディオンよ、もしかしたら朗報が来たかもしれんぞ?」
その言葉を聞いたディオンは、思わず目を見開くのだった。
◇ ◇ ◇
ギルドマスターの元に、受付嬢が資料を手渡す少し前――ギルドのロビーでは、ちょっとした騒ぎが勃発していた。
「くそっ! なんなんだよ、あのひよっ子なガキどもはよぉっ!」
「いい加減落ちつけよアーダン。初心者に嫉妬するなんざ見苦しすぎるぞ?」
「んだとぉっ!?」
アーダンと呼ばれる大柄な荒くれ男に対し、目の前に座るメガネをかけた銀髪の青年が、呆れた表情を浮かべる。
それに対しアーダンは、更に声を大きくして怒鳴り始めた。
「グレン……テメェはあの駆け出しのガキどもの肩を持つってのかよ!?」
「少しは落ち着けと言ってるだけだ。そもそも、受付嬢が駆け出し相手に優しくするのは、至って当然だろう?」
机をバンと派手に叩くアーダンに対し、グレンと呼ばれた銀髪の青年は、どこまでも冷静に正論をぶつける。
それを聞いていた周囲の冒険者や受付嬢たちも、確かにその通りだよなぁと、密かに頷いていた。
ついでにこうも思っていた。いいぞ、もっと言ってやれと。
それだけ周囲は、苛立ちをも覚えていたのだ。
ギルドという場所は、普段はとても賑わっているモノなのだ。昼夜問わず、冒険者の笑い声と楽しそうな会話が飛び交う、とても明るい場所なのである。
こなしてきたクエストについて打ち合わせをしたり、雑談をしたり、酒を飲みながら武勇伝を語り合ったり。戦いに明け暮れる者たちにとって、一種の安らぎを得られるかけがえのない場所でもあるのだ。
それを今、一人の男によってぶち壊されている。言うまでもなくアーダンだ。
すっかり喧騒は止み、空気は完全に白けてしまっており、人々は冷めた表情で、アーダンたちが座るテーブルを見やる。皆、不愉快そうな表情を隠そうともしていない。むしろこの反応に気づいてくれと願っているかのようだ。
しかしながら、肝心のアーダンは、そのことに全く気づいていない。それどころかグレンに正論を叩きつけられたことで、更に周囲が見えなくなってきているようであった。
「だ、だがよ! いくらなんでも……」
「いくらも何もあるかよ。お前だって駆け出しの頃は世話になってたろ? それを後輩たちに譲らないというのは、流石にどうかと思うがな」
キレるアーダンに対して顔色一つ変えずに正論を放つグレンに対し、周囲は感心する表情を浮かべる。また顔も中々のイケメンであることから、受付嬢も頬を赤く染めていた。
アーダンは拳を握りしめながら、グレンに対してなんとか言葉を絞り出す。
「けどよぉ……あのガキどもを気にかけるあまり、この俺様の相手をしてくれなくなったんだぜ? 今じゃ完全に蔑ろにされている始末だ」
「そんなの元々っしょ?」
アーダンの言葉に突然割り込んできた第三者の声。
能天気じみた明るさを持つ青年がヘラヘラした表情で近づいてきた。
右手には肉と野菜が刺さった串焼きを持っており、左手には使い捨ての容器に盛り付けられた串焼きを持っていた。
「遅かったな、マーチス」
「ゴメンゴメン。そこで美味そうな串焼きの屋台見つけてさ。一本どうだ?」
「あぁ、じゃあ一本だけ……」
マーチスと呼ばれた青年に買ってきた串焼きを容器ごと差し出され、グレンは思わず一本手に取ろうとする。
しかしそれをアーダンが黙って見ているわけが無かった。
「テメェらなぁ! このリーダーである俺様が真剣に怒ってんだぞ? のんきに串焼きなんか食ってんじゃねぇよ!」
「んー? じゃあ、リーダーであるアーダンはいらないと?」
「そんなこと言ってねぇだろ! 人の話はちゃんと聞きやがれバカヤロウが!」
グレンとマーチスも含め、その場にいた者は、揃って『お前が言うな!』と心の中で突っ込んでいた。
口に出して言わなかったのは、火に油を注ぐ結果にしかならないことを分かっていたからだろう。現にグレンの言葉も全く届いている様子が無いのだから。
しかし流石に目に余る思いを抱いたのか、グレンはため息交じりに言い放つ。
「とにかく、アーダンはそれ食って少しは頭を冷やすことだな」
「おいグレン! テメェ、リーダーであるこの俺に指図しようってのか?」
「そのリーダーをちゃんとさせるのも、仲間としての立派な仕事だ」
食いかかるアーダンに対し、グレンはあくまで冷静に淡々と返し続ける。そんな様子に、マーチスは串焼きを頬張りながら、のんびりと観察していた。
この三人の冒険者は、一緒のパーティを組んでからもずっとこんな様子を繰り返していた。それこそ『よく飽きもせずやるなぁ』と言いたくなるほどに。
しかし今回ばかりはマーチスも黙ってはいなかった。
「グレンの言うとおりっしょ。ただでさえ俺たちってば、ギルドからおざなりにされてるんだから、少しは自重ってもんをするべきなんじゃないかってね」
その言葉にアーダンは沸々と怒りをたぎらせながら歯を食いしばる。
「おざなりだとぉ? 調子に乗りやがって……!」
「事実っしょ。リーダーは別に特別でもなんでもない。受付のねぇちゃんが俺たちに優しくしてくれてたのも、単に駆け出しだったからに過ぎないんだって。せめてそこら辺は認めたほうがいいと、俺は思うんだケドなぁ……」
いつになくマーチスの真剣な物言いに、アーダンはおろかグレンですら呆気に取られていた。まさか彼がここまで言うとは思わなかったのだ。
周囲からもより注目を浴びる中、マーチスは再び手に持つ串焼きを頬張る。グレンはフッと静かに笑い、そして改めてアーダンに向かって口を開く。
「マーチスの言うとおりだ。いい加減に頭を冷やせ。これ以上好き勝手にあーだこーだ言われると、俺は本気でお前とのパーティを解消したくなる」
「ほーら、グレンってばかなり怒ってるよ? リーダーなら潔く謝ったほうが良いと思うけど? ちなみに俺もグレンと全くの同意見だから、あしからず」
二人に言われて追いつめられるアーダンは、悔しさから歯を食いしばる。そして勢いよく立ち上がり、そのまま出口に向かって歩き出す。
「あーそうかよ! そこまで言うならしょうがねぇな! 俺はしばらくお前らとは組まねぇことにする。リーダーとして、その望みを叶えてやろうじゃねぇか!」
「お、おい待てよアーダン。俺が言いたいのは……」
「じゃーな!」
アーダンはそのまま冒険者ギルドから姿を消してしまった。静寂とともに微妙な雰囲気が漂う中、ポツリポツリと話し声が聞こえる。
「またアーダンのヤツだよ。いい加減にしてほしいぜ、全く……」
「あんなのとパーティ組んでるなんて、グレンたちは何考えてるんだか?」
「魔物にガブッとやられちまえば良いんだよ! それぐらいしなきゃ、アーダンの暴君は治らねぇさ!」
「ちげーねぇ。とてもそう簡単になるとは思えねぇがな」
「確かに……ってことはだ。あの体力バカはもう二度と治らねぇってことか」
「アッハハハハハッ! そりゃおめぇさん、言い過ぎってモンだろうよ!」
うんざりするような声、呆れる声、調子づいてる声、そして面白おかしくケラケラと笑う声が、決して大きくない音量でギルド内に響き渡る。
静かな状態で話しているため、グレンたちの耳にもしっかりと届いていた。
(いつものこととは言え、どうして回りはこうも好き勝手言えるんだろうな?)
内心うんざりするグレンの前にマーチスがドカッと座る。
「……行っちまったけど、追いかけるか?」
「放っておけ。さっきも言ったが、少しは頭を冷やすべきだ……お互いにな」
少しばかり落ち込む様子を見せるグレンに、マーチスは苦笑を浮かべる。
「ハハッ、なんだかんだで反省してるのかい? 腐れ縁はツライねぇ」
「何を言ってるんだ。お前だって俺たちの幼馴染で、立派な腐れ縁だろう?」
「確かにね。今度アーダンに会ったら、串焼きでも奢ることにするよ」
二人の表情は穏やかだったが、心なしか元気が無かった。
静かだけどやっぱり一人足りない。そんな感じで胸にポッカリと穴が開いたような気持ちに駆られるのだった。
その後も、グレンとマーチスの雰囲気が戻ることは終ぞなかった。
◇ ◇ ◇
「くそっ、くそっ、くそおぉっ! 皆して俺のことをバカにしやがって!」
苛立ちを隠そうともしないアーダンは、深夜の真っ暗な路地裏で叫んでいた。
何でもいいからこの気持ちをスカッとさせたい。しかし下手なことをやらかせばギルドから大目玉を喰らってしまう。現に一度だけ盛大なケンカによって厳重注意を喰らったこともあった。
流石に心得るようになったのか、何とか衝動を抑えることはできている。だからと言って、抱えている苛立ちは全く収まる様子もない。
「よぉ兄ちゃん。随分と荒れてんなぁ」
「あぁん?」
その時、突然暗闇の中から一人の男が現れた。
大柄で鍛え上げられた筋肉質。見るからにケンカが強そうな見た目を持つ男。実際に戦ってみれば、アーダンとはいい勝負ができることだろう。
アーダンは苛立ちを全面的に出しながら、その男を睨みつけた。
「誰だテメェ? 俺にケンカを売ろうってのか?」
「まぁ、そう熱くなるな。ただ普通に話しかけただけじゃねぇかよ」
あくまで気さくに話しかける男だったが、それでアーダンの苛立ちが収まるハズもなかった。
「この俺を黙らせようってんなら、手足の一本ぐらいは覚悟はしてもらうぞ?」
「ったく……人の話を聞かないウワサってのは、ガチで本当のようだな」
その男の言葉にアーダンは更なるイラッとした気持ちを覚える。
傍から見れば怒りが爆発しそうなのは明らか。しかし男は、しょうがないなぁと言わんばかりに手を上げるばかりであった。
「アンタのウワサは、ギルドでも評判だよ。力自慢の典型的な荒くれってな」
「……よし、テメェらを今からぶちのめしてやる」
「言い方が悪かった。要するに、その力強さを評価してるってことだ」
その言葉にアーダンの動きが止まり、何が言いたいんだと言わんばかりに男に対してアーダンは睨みを利かせる。大概の者ならこれで尻込みしてしまう。
しかし男は表情一つ変えず、全く動じる様子を見せない。怪訝そうな顔をするアーダンに、男は冷静な口調で話を続ける。
「ちょっとばかし良い情報がある。アンタにも、是非とも力を貸してもらいたい」
「なんだと?」
アーダンは耳を疑った。そんなことを言われたのは初めてだった。
皆揃ってケンカ自慢の乱暴者とは手を組みたくないと言われ続けてきた。幼馴染であるグレンやマーチスを除いて。
男もすぐに信用してくれないと思っているらしく、理由を話し始める。
「目的は単純だ。俺たちがただの荒くれじゃねぇ、強くて役に立つ冒険者だってことを証明してぇのさ」
男の口調が熱くなってくる。アーダンも自然と興味を持ち始めていた。
「俺もこの見た目で、色々なヤツらに怖がられてきた。けれどもう散々だ。怖がられるのはもう嫌なんだよ!」
「なるほどな……その気持ちはよく分かる」
「ありがとうよ。そんなときに俺は、とあるヤツに出会い、話を持ち掛けられた。その話に俺は興味を持った。コイツを利用すれば、ギルドでも評価もガラリと変わるに違いねぇってな!」
男は笑みを浮かべ、目をギラリと光らせる。溢れんばかりの野心に、アーダンも思わずゴクリと息を飲んだ。
自然と詳しい話が聞きたいと、アーダンは思うようになっていた。
「そこまで言うからには……相当な話の内容なんだろうな?」
「あぁ、今からそれを話してやる。良いか? 実は……」
男の語りに対し、アーダンは耳を傾けながら頷き、やがてニヤリと笑う。
「なるほど……それだったら、あの受付嬢も俺のことを見直すかもしれねぇな」
アーダンは希望が見えたような気がした。同時に面白い話が聞けて最高に運が良いとも思っていた。
しかし受付嬢の件は、あくまでアーダンの勝手な勘違いでしかない。残念ながら今のアーダンに、それを理解する思考はなかった。更に言えば、その勘違いを正そうとしてくれる者もいなかった。
もっとも、仮に説教をしてくれる者がその場にいたとしても、今のアーダンに話を聞く姿勢があるとも、到底思えなかったが。
「よし分かった! ちょうど運が良いことに俺は今一人だ! オメェらの戦いに喜んで協力させてもらうぜ!」
遂にアーダンは、男の言葉に頷いてしまった。それを聞いた男は、どことなく黒さが込められた笑みを浮かべ、そしてアーダンに手を差し出した。
「そいつは嬉しいな。俺はガルダ。残りの連中も、後で紹介するぜ」
「俺はアーダン。こちらこそよろしく頼むぜ、相棒!」
月が見下ろす中、二人の大柄な男がガッチリと握手を交わすのだった。そして二人は意気揚々と歩き出していく。
そんな二人の様子を、陰からコッソリと見ていた者がいた。
「ふぅ……どうやらアイツらが、俺を目的地まで導いてくれそうだが……」
二人がいなくなったところを見計らい、その人物――ディオンが姿を見せる。
「怪しげな行動をとる冒険者。そしてそれに食いついちまう、ギルドでも悪い方向で有名な荒くれ男……厄介なことになりそうだな」
ため息をつきながら、ディオンも夜の路地裏を歩き出していくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます