第百二十九話 神の裁きの爪痕~後編~



 数日前――魔力暴走直後――――。

 突如激しく襲い掛かって来た揺れに、牢屋にいた四人は飛び起きた。


「な、何が起こった!?」


 リックが鉄格子に噛り付くようにしながら周囲を見渡すが、流石に外の様子まで分かることはない。

 しかし、ある程度の予測はついていた。

 地震にしては揺れが大きすぎる。天変地異という可能性もないワケではないが、現実的とはいいがたい。となれば考えられることは、自ずと絞られてくる。


「儀式の影響か?」

「いえ、それにしては変ですよ!」


 ネルソンの問いかけに、エステルも慌てた様子で叫ぶ。


「もしかしたら、最悪の展開を迎えているのかもしれませんね」

「そんな……お父様……」


 エステルの呟きを聞いたファナが、ショックを受けたように脱力しかける。一方リックは、鉄格子を上下左右になんとか動かそうとしていた。

 ビクともしないことぐらい分かっているが、それでも何もせずにはいられなかったのだ。

 この揺れが王宮だけにとどまっているとは思えない。間違いなく王都全体に広がっているだろう。だとしたら、こんなところでジッとしてなどいられない。ムダな犠牲者を増やすことだけは避けなければならない。

 次期国王である自分が、何もしないわけにはいかないのだと、リックはギリッと歯を噛み締めていた。

 その時――地下への階段を慌てて降りてくる音が聞こえた。


「た、大変です!」


 一人の兵士が血相を変えて現れた。


「儀式が行われている間で、突如真っ赤な光が……こ、このままでは……」

「落ち着け! とにかく落ち着いて話せよ!」


 あからさまに混乱している兵士に、見張りの兵士が肩を叩きながら声をかける。そして少し息を整え、リックとファナが見ていることに気づいた。

 兵士はリックの牢屋の前に慌てて駆け寄り、跪きながら叫ぶように言う。


「儀式の間で異変が生じ、大量の魔力が吹き荒れているそうです。地震は王都全域に広がっており、このままではどうなるか分かりませんっ!」

「そうか……やはりエステルの言うとおり、最悪の展開ということか……」


 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるリック。そしてファナも鉄格子に顔をこすりつけながら、兵士に声をかける。


「ここから出るためのカギは持ってないのですか!?」

「申し訳ございません。国王が所持している一本だけでして……」


 悩ましげに答える兵士の言葉に、ネルソンがため息とともに肩を落とす。


「なんで予備を作っておかねぇんだろうな?」

「予備なんか必要ないって、国王がおっしゃったからですよ」


 恐らくこのような事態を想定していなかった、ということなのだとエステルは思っていたが、それでも予備を作らない理由にはならないと、常々思っていた。

 何かの手違いでカギを紛失したら、一体どうするつもりだったのか。恐らくどうもするつもりはなかったのだろうと予測した。

 牢屋に入る者が、そう簡単に出られるような存在ではない。だから何らかの手段で出られればそれで良いと、前にどこかで国王が話していたのを聞いた。

 流石にそれはどうなのだと思ったが、エステルは何も言わなかった。言ったところで国王が聞いてくれるとは、到底思えなかったから。


(まぁ、そこで諦めてしまう僕も、どうかとは思いますけどね……)


 むしろ今回に限っては、それが仇となっていると言えなくもない。しかし今は、それを考えている場合でないことも確かであった。


「王宮の人たちは、避難しているんですか?」

「は、はいっ!」

「だったら俺たちのことは良い。一人でも多く助けることを優先させろ! リック王子とファナ王女も、それで問題ないッスよね!?」


 ネルソンが叫ぶように問いかけると、リックとファナも強く頷いた。


「ネルソンの言うとおりだ。王宮の者は勿論のこと、国民を安全な場所まで避難するよう努めろ! ギルドマスターに連絡し、冒険者も総出で動かせ!」

「私たちの名前を惜しみなく使ってくれて構いません。人命第一で動きなさい!」


 リックとファナの指示を受けた兵士は、二人揃って地下牢から駆け出した。

 残された四人は、皆の無事を祈るしかなかった。こんな大事な時に何もできないなんてと、ネルソンは心の中で呟きながら壁を思いっきり叩く。

 ファナは、儀式の状況が気になっていた。アリサはどうなったのか。国王は避難しているのだろうか。

 状況が全くつかめないのが、もどかしくて仕方がなかった。


 ――そして長い時間が経過した後、四人は牢屋から出ることができた。

 国王の亡骸から、無事だったカギが見つかったのだ。

 崩れ落ちた離れの塔、そして国王や大臣、魔導師たちの変わり果てた姿を見て、リックとファナは崩れ落ちた。

 そしてエステルもまた、たくさんの部下を一度に失ったことに大きなショックを受けていた。

 淡々と部下たちを埋葬し、墓を建て、そして遺族からの凶弾を受け続ける。

 そんな彼の姿に、ネルソンは心配を通り越して、狂気すら感じていた。


(……で、今に至るわけなんだが……どうにもしっくり来ねぇんだよなぁ……)


 ネルソンはまるで、時間が止まったような感覚に陥っていた。

 リックが新たな国王として即位し、事後処理に追われる日々を送っていても。エステルが日々、後悔の念に押されていても。ファナが施設に、新たなまとめ役を送り込む姿を見送っても。

 実はあの事件から、まだ一分たりとも進んでないのではないだろうか。そう思った次の瞬間、決まってそれが錯覚であることに気づく。

 ヤバイのは自分も一緒かと、ネルソンは改めて思った。


「神の裁きの爪痕は、それだけデカいってことか……」


 ネルソンは頭をボリボリと掻きむしりながら、とある一室の前に到着する。通いなれたその部屋は、普通はノックもせずにズカズカと入っていくのだが、ここ数日はちゃんとノックをして入室していた。


「エステルー、いるかーっ? 入るぞーっ!」


 返事が来ないことは分かっていたネルソンは、扉を開けて入る。

 今までは何かの作業に没頭していて聞いてなかった、というのが基本的なスタイルだったが、ここ数日は違っていた。

 部屋は薄暗かった。来客用のソファーに腰かけ、手入れしていないぼさぼさの髪の毛と、薄汚れた白衣を身に付けたその男は、一通の手紙を読んでいた。

 やがて来客に気づいた男は、ゆっくりとネルソンに顔を向ける。


「ネルソン……来てたんですね」

「……ますます老け顔になったんじゃねぇのか、エステル?」


 弱弱しく笑いかけるエステルに対し、ため息交じりにネルソンが言う。

 老け顔という言葉は、決してからかい文句などではない。召喚儀式の事件以来、本当に十歳くらい老けてしまったのではないかと思えてしまうくらい、エステルは心身ともに疲れ果てていたのだ。

 それでも、事件直後に比べれば、まだマシなほうとなっていた。それぐらい事件直後は酷かったのだ。

 召喚儀式に参加せず、難を逃れた部下の魔導師たちがネルソンに助けを求めた。ネルソン自身も騎士団長として、あちこちに指示を出したりしていたため、エステルの様子まで気にかけている余裕は全くなかった。

 おかげでネルソンがヘルプの声を聞いて駆けつけた時には、エステルは手遅れ寸前のところまで追い詰められていた。

 毎日のように犠牲となった魔導師たちの遺族から罵声を浴びせられ、墓参りで涙を流し、眠れない夜を過ごした。このまま命を絶ったほうが世間のためだと、本気で思っていたらしい。

 ネルソンはリックとファナに打診した上で、残された魔導師たちと協力しあい、なんとかエステルをこの世に留まらせた。

 もう自ら命を絶つつもりはないとエステル自身も言っていたが、それでも弱弱しさは変わらない。

 それだけ大切な部下を失ったダメージが大き過ぎた。

 天涯孤独なエステルかられば、部下の魔導師たちは家族も同然だったのだ。

 しばらくはゆっくりとさせるしかないという意見が一致し、エステルは事実上の休職扱いとされている。本当は正式に休職させてもよかったのだが、仕事をさせているほうが落ち着いている様子を見せることも多く、下手に措置を取らないほうが良さそうだと判断されたのだった。


「手紙か?」

「えぇ、お誘いが来たんですよ」


 エステルはネルソンに手紙を見せる。

 そこには、魔法都市ヴァルフェミオンから、エステルに魔法学の講師として招きたいという内容が綴られていた。

 ヴァルフェミオンの存在は、ネルソンもウワサ程度で聞いていた。

 数年前にオランジェ王国で作られた、魔導師や魔法剣士を育成するための町。年齢制限のない学園都市といったほうが分かりやすいかもしれない。

 スフォリア王国へ繋がる国境からそれほど離れておらず、エルフの里に続いて、魔法を扱う者たちが注目を集めているとのことだった。

 つまりエステルは、魔法の講師にスカウトされたということだ。

 長期での講義が難しければ、せめて数日間の講演だけでもと書かれており、是非とも来てほしいという願いがふんだんに込められていた。

 手紙に目を通したネルソンは、視線を再びエステルに移す。


「どうすんだ?」

「……どうすれば良いんでしょうね?」


 俯いたまま、エステルは呟く。

 誘いはとても嬉しいが、大きな迷いもあった。たくさんの部下を死なせてしまった自分に、魔法を教える資格があるのかと。

 のうのうと部下に命を救われてしまうような情けない自分が、偉そうに教壇に立つだなんて、おこがましいにも程があるのではないかと。

 そんなネガティブな思考に駆られていたところに、ネルソンは言う。


「行ってみても良いんじゃねぇか? 良い気晴らしにもなるだろ」


 実に軽々しい口調だった。まるで小さなクエストへ出かけるかのような。

 エステルは驚いて見上げると、そこにはあくまで真剣な表情を浮かべているネルソンの顔があった。


「あくまで俺の勘だが……恐らくヴァルフェミオンの連中は、純粋にお前さんを講師として、誘い込もうとしているだけだ。なんせここ数年前にできたばかりの新しい町だからな」

「えぇ、僕も聞いたことはあります。魔法学校を発展させるべく、世界各地から、優秀な魔導師を呼び寄せていると」

「つまりお前さんは、あくまでその優秀な魔導師の一人に過ぎないってワケだ」


 手紙をテーブルの上に戻し、両方の手のひらを上にして肩をすくめながら、ネルソンは言った。


「それによ、オランジェ王国とウチはソリが合わねぇが……別に敵同士ってワケじゃない。単に元国王様と大臣が、勝手に敵意剥き出しにしていただけだ。むしろウチと相手との関係性を改善させるための、良いキッカケにもなるんじゃねぇか?」


 ネルソンの言うことも一理あると、エステルは思った。

 自分が動くことで、リックやファナの大きな手助けができる。それはとても良いことではないか。

 無論、エステルからしてみれば、これは償いに等しい考えでもあった。それは十分に自覚していることであり、口に出せば、またネルソンから何か言われそうな気がしたので、なんとか黙ってやり過ごしてはいた。

 もっともネルソンも、エステルがどう思っているかはなんとなくながら想像はついており、あえて何も言わないでいたりする。今みたく閉じこもり続けているよりかはマシだろうと、無理やり考えることにしたのだった。


「何だったら、俺が護衛で一緒に行ってやっても良いぞ? その魔法都市がどんななのか、俺も少しばかり興味があるからな」

「ネルソン……」


 やはり敵わないと、エステルは改めて思う。長い付き合いだからこそ、言わなくても通じる。話してないことでさえ分かってしまうのだ。

 いつの間にか気が楽になっていた。背中にのしかかっていた重たい何かが、急にストンと落ちたような、そんな感じがしていた。

 エステルは改めて、テーブルの上の手紙を見下ろす。

 いい加減少し動いてみようかと、エステルは静かに決意を固め、ソファーから立ち上がった。


「今からリック国王に話そうと思います。一緒に来てくれますか?」

「おう、行こうぜ……と、言いてぇところだが、流石にその恰好はマズいだろ」


 ネルソンが苦笑しながら指摘する。お世辞にも目上の者に会いに行くような状態とは言えなかった。


「せめてちゃんと風呂に入って、新しい服に着替えてからにしとけ」

「……そうですね」


 改めてエステルは、自分がどんな状態なのかを自覚した。恥ずかしそうに笑みを浮かべながら、風呂場へと歩き出す。

 魔法学の講師を引き受けるという返事を、どのようにしたためようかと、頭の中でボンヤリと考えながら。



 ◇ ◇ ◇



「シュトル王国に神の裁きが下る……か」

「禁忌の魔法に手を出した罪は、それだけ大きかったということでしょうか」


 魔物たちが平原で楽しそうに遊んでいる中、マキトとラティは、旅商人から購入した新聞記事に目を通していた。

 マキトは二年前の二つの事件のことも思い出す。

 強すぎる想いを暴走させてしまった。今回と二年前の二つの事件、合計三つの事件の共通点となっている。

 加えて、どこかしら歪んだ想いという点も、恐らく共通しているだろう。

 シュトル国王や大臣が異世界から戦力を呼び出そうとした。戦争でもするつもりだったのではないかと、そんな予測が立てられている。

 新聞記事にはしっかりと、サントノ王国やスフォリア王国から、それぞれ王子や王女が直接視察に訪れるとも書かれている。恐らく二年前の事件が尾を引いているからだろうと、記者の勝手な想像も含まれた上で。

 もっともマキトからすれば、これらの真偽はどうでもよかった。

 むしろそれ以上に、強く思っていることがあるのだった。


「……王家の人ってのは、どうしてこうも事件を起こしたがるモノかねぇ。それに巻き込まれる身にもなってほしいもんだよ、全く……」


 うんざりした表情を浮かべるマキトに、ラティが苦笑を凝らしながら言う。


「今回はともかく、二回も巻き込まれるマスターの運も、ある意味凄いような気がするのですよ」

「運ねぇ……どーだか……」


 肩をすくめながら呟くも、マキトは改めて思う。


(まぁ、そのおかげで、色々な出会いがあったことも確かなんだけどな……)


 アリシアと出会ったり、セドやバウニーとも友達になれた。魔物たちが実戦経験を積み重ねる良い機会にもなった。面倒だったことは否めないが、それでも少しは強くなるキッカケになったと、マキトは思っていた。


(そういえば……アリシアにも、セドやバウニーにも、ここ最近会ってないな。元気でやってると良いけど)


 そしてマキトは、また新聞に視線を落とす。召喚儀式の内容について、色々と書かれていた。

 儀式には王家の血を引く者が一人、媒体となる必要がある。今回、媒体となった少女は、影も形も残さず消えてしまったとのこと。

 それを見たマキトは、この媒体の少女がどうなったのかが気になっていた。


「この媒体になった少女も、死んじゃったんだろうな」


 普通に考えればそれしかないだろうと、マキトは思っていた。しかし――


「もしくはマスターみたいに、別の世界に飛ばされたとか……」


 ラティが呟いた瞬間、マキトは目を見開きながら彼女を見る。


「え、どうかしたのですか?」


 マキトの反応に、ラティもまた驚いていた。


「いや、その可能性もあるのか……言われてみれば、確かに俺がそうだもんな」


 エルフの里で、セルジオから教えてもらった真実を思い出す。

 この世界の出身であるマキトが、異世界転移魔法で地球へ飛ばされた。両親であるリオとサリアの亡骸はちゃんとあったのに、マキトだけが綺麗に消えていた。

 そう――まさに今回の事件で、媒体となった少女のように。


「まぁ、確認のしようもないのですけどね」

「だよなぁ……」


 苦笑するラティの言葉に、マキトも釣られて小さく笑う。ここでマキトは、何故かアリサの姿が脳裏に浮かんでいた。

 妙な予感がした。まるで彼女が、何か大きく関わっているような。


(いや……流石に考え過ぎか? うん、きっとそうだな……)


 マキトはすぐにその考えを振り払った。そして新聞を閉じて立ち上がり、遊んでいる魔物たちに声をかける。


「みんなー、そろそろ行くぞーっ!」


 そのかけ声に、魔物たちが元気よく返事をしながら駆け寄ってくる。

 忘れ物がないかをチェックし、マキトたちは再び、西を目指して元気よく楽しそうに歩き出すのだった。


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