第百十九話 先輩からのメッセージ



 セルジオとジャクレンが里へ戻って来た。そんな冒険者たちの知らせの声を聞いたマキトたちは、目が覚めたラティたちも連れて外へ出る。

 無事だったかとセルジオから詰め寄られたマキトは驚きつつ、改めてラッセルとの戦いに勝利したこと、自分たちは現在、屋敷で休ませてもらっていること。さっきまでライザックが屋敷に来ていたことを全て話した。

 マキトたちの話を聞いたセルジオたちは、深いため息をついた。


「そうか……やはりライザックはこっちに来ておったか」

「何事もなくて良かったです」


 ジャクレンが安心するかのような笑みを浮かべる中、ラティが改めて悔しそうな表情を見せる。


「本当に不覚なのです。全然気づかないで眠ってたのですよ」

「疲れてたんだからしょうがないって。何もなかったんだから気にするなよ」

「はぅ……」


 マキトに頭を撫でられ、ラティは気持ちよさと申し訳なさが入り混じる、なんとも言えない気持ちを味わった。

 その時ふと、マキトはあることを思い出し、そういえばと話を切り出しながらジャクレンに視線を向ける。


「ライザックから聞いたんだけど、ジャクレンが魔物使いってのは本当なのか?」


 その問いかけに、ジャクレンは驚きの表情を浮かべたが、すぐにいつもの笑みに切り替わり、フッと呟きながら目を閉じる。


「そうですね。そんな過去もあった気がしますが……今は違いますよ。僕はあくまで魔物研究家という身分です。昔のことはもう関係ありません」


 妙にハッキリとしない答えにマキトは首を傾げるが、ジャクレンはそれ以上答えようとはしなかった。

 これでこの話はオシマイと言わんばかりに、ポンと手のひらを合わせながらジャクレンは言う。


「さてと……僕もそろそろ、失礼させていただきますね」

「もう行くのか? 昼メシがてら、少しだけでも休んでったらどうかね?」

「いえ、僕にもやることがありますから。お気持ちだけ頂戴します」


 ジャクレンはセルジオに丁寧なお辞儀をする。そして改めて、マキトたちに視線を向けた。


「ではマキト君、そして魔物の皆さん。またいつか、どこかでお会いしましょう」

「あぁ。色々とありがとう。世話になった」

「バイバイなのですー」


 そしてマキトたちに見送られ、ジャクレンは歩き出していくのだった。

 冒険者の人ごみに紛れ、あっという間に姿が見えなくなると、セルジオは小さなため息をつく。


「やれやれ。なんだかんだでよく分からん青年だったな」

「まぁ、ある意味ジャクレンらしい気も……ん?」


 マキトが苦笑をしていると、すぐ傍の人ごみが乱暴にかき分けられ、一人の冒険者らしき青年が出てきた。冒険者はセルジオを見つけるなり、大慌てで必死に駆け寄ってくる。


「はぁっ、はぁっ……長老様あぁーっ!!」


 冒険者はセルジオの前で立ち止まり、膝に手をついて盛大に息を乱す。まともに話せる状態でないことは目に見えて明らかであった。

 それだけ大きな何かが起こったのだろうと予測しながら、セルジオは冒険者に話しかける。


「どうした? 何があった?」

「じ、実は……」


 冒険者は顔を上げ、必死にそのことを伝えた。

 突如、どこからか一匹のキングミノタウロスが出現し、ついさっきまで数人の冒険者たちが応戦していたこと。多数の重傷者を出し、苦戦を強いられたが、なんとか仕留めたこと。

 そして――ラッセルが助太刀に入り、瀕死の状態に陥ったことが伝えられた。


「な、なんだとっ?」


 セルジオはまさかの内容に耳を疑った。しかし冒険者の様子からして、本当であることが分かってしまう。

 流石のマキトや魔物たちも、言葉を失ってしまうのだった。



 ◇ ◇ ◇



 救護場所は重々しい雰囲気に包まれていた。

 数人の魔導師が交代で回復魔法を重ね掛けする中、医者である白衣を着た初老の男性が、丁寧に包帯を巻いていく。既に肌が見えないほど巻かれており、途轍もないダメージを負ったことが見て取れる。

 そんな中、なんとかして部屋を覗き見ようとする冒険者たちが後を絶たない。それだけ運び込まれた人物――ラッセルは里の中でも有名なのだ。

 仲間であるアリシアたちは、外で待機していた。手伝おうとしたが、邪魔なだけだと一蹴されたのだ。命にかかわるほどの重傷であるため、素人が下手に介入しないほうが良い、という点では無理もない話だが。

 やがて治療がひと段落したのか、白衣の男性が重々しい表情で外に出てきた。


「ラッセルは……アイツはどうなった!?」

「落ち着きなさい。辛うじて命は取り留めたよ。あくまで……辛うじてな」


 白衣の男性は強調して言った。その辛うじてという言葉に対し、アリシアたちは嫌な予感がした。

 また一緒に四人で冒険者をやりたいんだ。最悪の事態だけは避けてくれ。そんな願いが、オリヴァーの頭の中を過ぎる。

 しかし現実は甘くない。むしろ残酷すぎるくらいだ。それを彼らは、痛いほど思い知ることになる。


「結論から言わせてもらうと――アイツはもう、冒険者生活を送るのは無理だ」


 その白衣の男性の言葉に、アリシアたち三人は呆然とする。

 一体何を言っているんだろうか。もしかして自分たちをダマそうとしているんじゃないか。オリヴァーは乾いた笑いとともに、そんな考えが浮かんでいた。


「は、はは……な、何をワケの分かんねーことを……じょ、冗談だろ?」

「こんな時に冗談など言わんよ。とりあえず私の話を聞いてくれ」


 そして白衣の男性は、三人に厳しい事実を淡々と突きつけた。

 ラッセルの右肩の神経が完全にやられてしまっており、魔法を駆使しても治すことはできないらしい。おまけに複雑骨折の影響で後遺症が出る可能性も高く、所持している魔力も土台から崩れかけている。もはや魔法剣士はおろか、冒険者としても活動することはできないだろうと診断された。

 アリシアとジルは呆然とする。冗談だと言ってほしかった。しかし男性の表情からして、話の全てが本当であることは明白であった。


「クッ――!!」


 オリヴァーが駆け出した。脇目の振らず、ひたすら走り続けた。途中、セルジオやマキトたちとすれ違ったことすら、全く気づくこともなく。

 やがて走り続け、オリヴァーは森の中にいた。とある大きな木の幹に手をつき、そのまま顔を伏せながら震える。


「どうしてだよ……ワケ分かんねぇよ……」


 ラッセルとのこれまでの日々が、オリヴァーの脳内に蘇る。

 幼き日々に冒険者として生きることを誓い、剣や魔法の修行を積み重ねながら成長してきた。四人で活動するようになり、様々な辛いことや危険なこと、そして楽しいことを経験した。

 ギルドのランクを上げていき、ラッセルが高ランクを取得するチャンスを得た。それがサントノ王国へメルニーを送り届ける護衛クエストだった。自分を含む三人は大喜びし、ラッセルは更に意気込みを見せていた。

 ただ送り届けて帰ってくるだけのハズだった。まさかあのような大事に発展するとは思わなかった。

 それでも切り抜けられるハズだった。一体どこをどう間違えたのだろうか。考えれば考えるほど、頭の中がゴチャゴチャして仕方がない。

 しかしたった一つだけ、オリヴァーでもハッキリと分かることがあった。


「何で駆けつけてきやがった? 何であそこで飛び出してきやがった?」


 浮かび上がったのは、キングミノタウロスとの戦いでのこと。あの時、ラッセルが抱いていた気持ちを想像すること自体は簡単だ。

 だからこそオリヴァーは、どうしても怒りを抱かずにはいられなかった。


「あんなんで責任が取れるとでも思ってやがったのか? だとしたらそりゃあ、とんでもねぇ大間違いってもんだぞ……」


 目からボロボロ涙をこぼしながら、オリヴァーは思いっきり叫ぶ。


「テメェのやったことはただの自己満足だ! この大バカヤロウがぁっ!!」


 溢れる涙、嗚咽、そしてゆっくりと木の幹に沿って沈んでいく大きな体。すすり泣く声は、遠くからでも聞こえてしまう。

 追いかけてきたアリシアとジルも、決して例外ではなかった。


「オリ……」


 声をかけようとしたジルを、アリシアは肩に手を置きながら止める。


「今は、そっとしておいてあげよう」

「……」


 ジルは無言のまま頷き、そのまま二人は静かにその場を去る。やがて一人の男の泣き叫ぶ声が、森の中から聞こえてくるのだった。



 ◇ ◇ ◇



「そうか……事情はよく分かった」


 セルジオやマキトたちも、白衣の男性からラッセルの容態を全て聞いた。

 まさか自分たちが留守にしている間――もとい休んでいる間に、そんな大きな戦いが行われていたとは。それだけでも驚きだというのに、そこでまさかラッセルが動き出すとは思ってもみなかった。

 それだけ責任を感じていたことが予想されたが、どう考えても無茶――それを通り越してバカげている。それが白衣の男性の率直な意見であり、セルジオも頷きながら、大いに共感するのだった。

 そんな中、なんとも言えない表情を浮かべていたマキトと魔物たちに、白衣の男性が話しかける。


「済まなかったな、マキト君。そして魔物君たちも……」

「えっ?」

「折角キミたちがラッセルの暴走を止めてくれたというのに、それを私たちはムダにしてしまった。本当に申し訳ない」

「あ、いや、別にそんな……」


 白衣の男性は深々と頭を下げ、マキトたちは慌てて手を振り出した。まさか謝罪されるとは思わず、魔物たちも戸惑い気味であった。


「そろそろ中へ戻ったらどうかね? まだ患者はたくさんいるんだろう?」


 セルジオが淡々とした口調で問いかける。白衣の男性は一瞬、呆気にとられた表情を浮かべるも、すぐにやんわりとした笑みに切り替わった。


「……えぇ。すみません。私はこれで失礼いたします」


 白衣の男性がいそいそと救護場所の中へ戻っていくのを見送ると、セルジオもフラリと歩き出す。


「ワシはもう少し冒険者から事情を聞く。お前さんたちは好きにしていなさい」

「あ、うん……」


 セルジオも去り、ここにいても仕方ないかと思ったマキトは、魔物たちを連れてどこかへ行こうかと思った。

 その時――


「ピキーッ!」

「あ、スラキチ」


 声に気づいた瞬間、スラキチが勢いよくマキトに飛びついてきた。慌てて抱き留めると、その後ろからコートニーやグレッグ、セシィーの三人が歩いてくる。


「やぁマキト。ラッセルのことは……聞いたみたいだね」

「あ、うん……聞いたよ」


 そしてマキトはスラキチを下ろし、魔物たちに遊んでおいでと促した。ラティたち皆がその場を離れると、改めてコートニーが話を切り出す。


「正直かける言葉も見つからないんだよね。ハッキリ言うけど、今回ばかりは彼が余計なことをした結果だしさ」


 コートニーの言葉に、グレッグやセシィーもうんうんと頷いている。彼らも白衣の男性と同じ意見なのだとマキトは思う。

 実際マキトも、コートニーの言葉を否定するつもりはなかった。やはりどう考えてもラッセルが無茶をし過ぎた。この一言に尽きる。

 その一方で、ラッセルの気持ちも少なからず分かるような気はしていた。

 もしラティたちが危ない目に遭遇していたら、自分ならどうするだろうか。ラッセルと同じように、自分の身を犠牲に飛び出す可能性が高い。考える前に体が勝手に動くだろうと予測してしまう。

 だからこそ、マキトはラッセルをあまり批判することはできなかった。なんだかんだで自分も人のことが言えないと思ったからだ。勿論、以後気をつけるつもりではいるが、いざとなったらどうなるか、それは全く想像がつかない。

 そんな感じで、マキトが思うように口から言葉を出せないでいると、グレッグから何かを思うような表情で視線を向けてくる。


「マキト君。冒険者の先輩として、キミに一つ言っておきたいことがある」

「え?」


 突然話しかけられ、思わず呆けてしまったマキトだったが、グレッグは構わず話を続ける。


「冒険者というのは常に危険と隣り合わせだ。今回のラッセルの結果だって、実のところ珍しくもなんともない。実際、俺もそんな光景を、これまでに何度もこの目で見てきたモノさ」


 突然何を言い出すんだろうと思いつつ、マキトは耳を傾ける。


「もし何かしらの理由でしくじり、冒険者をできなくなったとしても、周囲は手を差し伸べないだろう。今回ラッセルに対して、俺たちのする反応みたいにな」

「要するにマキトさんも、決して例外ではないということですよ」


 セシィーの言葉で、ようやくマキトは、グレッグが何を言わんとしているか、少し分かったような気がした。

 ハッとしたマキトの反応に小さく笑みを浮かべつつ、グレッグは言う。


「これからも様々な危険がキミを襲い掛かってくることだろう。それでもキミは、冒険者を続けていくのかい?」


 優しい声色。それでいて絶対に答えてもらうという強さを込めた問いかけ。なによりグレッグの視線が、逃がさないぞと言わんばかりにマキトを捉える。

 それに対してほんの少し委縮したものの、マキトの心はすぐに落ち着きを取り戻していた。

 考えるまでもない。もう既に決めていたことだから。

 そう思いながらマキトは、表情を引き締めてハッキリと告げる。


「続けます。絶対にやめたりはしません」

「――そうかい。どうやら意思は固いようだな。こりゃ聞くまでもなかったか」


 グレッグは肩をすくめながら苦笑する。


「変なことを聞いちまって悪かったな。今後のキミたちの幸運を祈ってるよ」


 さっきとは打って変わり、にこやかな笑みを浮かべるグレッグに、マキトも明るい笑顔を見せ――


「はい。ありがとうございます」


 元気よく頭を下げながらお礼を言うのだった。



 ◇ ◇ ◇



 その夜、里では冒険者たちがウワサ話でザワつかせていた。

 ラッセルのパーティが活動を休止することが決まった。この話について、あちらこちらで議論が交わされているのだ。

 冒険者が活動を休む。この内容自体は、別に珍しくもなんともない。これがラッセルでなければ、話題にすらならなかったであろう。

 ラッセルの起こした行動については、既に知れ渡っている。どう考えても解散なのではという意見が多かった。冒険者の活動は無理だと診断されたのだから、尚更であった。

 その一方で、休止という決断は無理もないという意見も出ていた。リーダーである本人が未だ目覚めていないからだ。流石にリーダー抜きで、大きな決断をすることは忍びないだろう。そう言って納得する者も多かった。

 もっとも、あくまで解散までのつなぎの時間でしかないのだろうと、そう強く思う者たちが圧倒的に多かった。

 アリシアたちもその言葉を否定することはなかった。


「流石にああなっちゃうとねぇ……もう元通りというワケにはいかないかな。とりあえず今後どうしていくか、皆で色々と話していくつもりだけどね」


 夕食を終えた後、人ごみから少し離れた場所で、マキトと魔物たちはアリシアと話していた。笑みこそ浮かべているアリシアだったが、やはりどこか力が感じられない雰囲気を醸し出していた。


「ところでマキトたちは、これからどうするつもりなの?」

「え? あー……そういや考えてなかったな……」


 突然話を振られたマキトは、戸惑いながら答える。

 思い返してみれば、旅立ち当初の目的は完全に達成されたも同然だった。つまり次の目的地は全く決まっていない。どうするかは自由ということだ。

 試しに今後どうするか、マキトは脳内でサラッと考えてみる。


(オランジェ大陸にでも行ってみるか? でも、別に今すぐ行きたいってワケでもないしなぁ……)


 これといった目的がない以上、当然ながら急ぐ理由もない。そもそもここで決める必要すらなかったりする。

 そこまで考えた途端、マキトの思考が急速にスピードを落としていく。その時、アリシアが小さく吹き出すように笑った。


「考えるのが面倒になってきたって顔してるね」


 アリシアにそう言われ、マキトはポカンと呆けてしまう。


「……そうかな?」

「うん」


 あっさりと頷かれ、マキトはなんとなく顔をそむけ、頬をポリポリと掻く。恥ずかしいというワケではないが、心なしかむず痒さは感じていた。

 そこに、人ごみをかぎ分けながら、ジルが姿を見せた。


「アリシアー、ちょっと来てくれなーい?」

「あ、うん、今行くーっ!」


 ジルの呼びかけに答えながら、アリシアは立ち上がった。


「それじゃあマキト、また明日ね」

「うん、おやすみ」


 軽く手を振るマキトに見送られる形で、アリシアはジルとともに去った。マキトも魔物たちを連れてセルジオの屋敷にでも戻ろうかと思ったその時、彼らに近づいてくる人影があった。

 振り向いてみるとそこには、グレッグとセシィー、そしてコートニーがいた。


「マキト。ボクとグレッグさんから、話したいことがあるんだ。良いかな?」


 笑みを浮かべつつも、コートニーの声色は真剣そのものであった。

 どこか落ち着いて話したいという要望が出たので、マキトが泊まっているセルジオの屋敷の部屋に案内する。そこなら静かで誰も来ないと思ったからだ。

 一体何を話すんだろうと思いつつ、マキトは魔物たちと三人を連れ、屋敷に戻っていった。道中も会話はなく、それが妙な緊張感を増幅させる。

 部屋に入ってそれぞれが腰を落ち着けたところで、コートニーが切り出した。


「急な話なんだけど……ボクはこれから、グレッグさんの旅に同行したいと思ってるんだ」


 突然の申し出に、マキトも魔物たちもポカンと口を開けてしまうのだった。


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