第百十八話 対照的な舞台の決着
「嫌だね。誰がアンタと一緒に行くもんか!」
ハッキリと間髪入れずに告げた。その迷いなき声色と、しっかりと開かれた揺るぎなき視線に対し、ライザックはどこか満足そうに、目を閉じるのだった。
「そうですか。まぁ、それなら仕方ありませんね」
ライザックは手のひらを上にして、苦笑とともにお手上げのポーズを取る。あまりにもあっさりと引き下がった彼に対して、マキトは目を見開いた。しつこく誘われるのだろうと、内心うんざりしながら思っていたからだ。
「……え、もういいのか?」
マキトは思わずそう聞いてしまった。やっぱ言わなきゃ良かったかなと、ほんの一瞬だけ思ったが、ライザックはにこやかに笑いながら頷いた。
「えぇ、もう答えは聞きましたから。これ以上追求するつもりもありませんよ」
想定もしていましたし。そんな呟きが聞こえてきた。マキトはどういうことだと言わんばかりに首を傾げるが、ライザックはそのまま立ち上がる。
「さてと……ちょっと長居をしてしまいましたね。僕はこれで失礼します」
そう言ってライザックは、さっさと窓のほうへと歩き出した。
「え、もう帰っちゃうのか?」
「流石にのんびりはできませんよ。僕は一応、今回の騒ぎの黒幕ですからね」
思わず問いかけるマキトに、ライザックは苦笑しながら言う。それを言われたマキトも、あぁそういえばという反応を見せるのだった。
完全に忘れていた。魔法でヒトを平気で陥れる危険人物だと思い出すが、それでも何故か恐怖は感じない。むしろもう少し話してみたいと、マキトはライザックに対して個人的な興味すら抱いていた。
「そうだ。最後に一つだけ――」
窓を開けて飛び出そうとしたその時、ライザックが振り返る。そして 人差し指を立てながら、ライザックは穏やかに笑った。
「キミはそのままでいい。ずっとそのままで進みなさい」
呆然とするマキトの代わりに、リムがくきゅー、と首を傾げながら返事をした。どういうことなのかを問い直そうとマキトが手を伸ばすその直前に、ライザックはシュタッと片手を上げながら爽やかに言う。
「……では、失敬!」
言い終わると同時に、ライザックは軽やかに窓から飛び去っていく。マキトが慌てて窓から外を覗いてみると、ワイン色のローブの姿はどこにも見えなかった。
「行っちゃったよ……本当にただ話しただけで終わっちゃったな」
「くきゅー」
マキトの呟きに、リムがマキトの肩に乗りながら答える。
ライザックが黒幕だという事実は覆らないだろうが、それでもマキトは、彼が敵だとはどうしても思えなかった。
味方ではないにしろ、嫌悪感は全くない。むしろ交換すら感じられるほどだ。下手に正義の味方ぶって熱く語るより、よっぽど接しやすい気がすると。
「もし今度どっかで見かけたら、俺のほうから話しかけてみようかな?」
マキトはそう呟きながら、肩に乗るリムの背中を優しく撫でる。地を歩く重々しい音が近づいていることに気づかぬまま、マキトはそっと窓を閉めるのだった。
◇ ◇ ◇
ずしいぃぃぃん――――ずしぃぃぃん――――
森の中を重々しい振動が響かせる。加えて冒険者たちの叫び声が途切れない。恐怖と焦りが徐々に増しており、それが事態の緊迫さを物語っていた。
「おい! ソイツを早く運んでくれ!!」
「テメェがやれよ! こっちはこっちで手いっぱいなんだよ!!」
「こんな時に言い争ってる場合か! 俺が運んでやるよ……ったくよぉ!!」
いずれも男性冒険者たちによる怒号だったが、誰一人としてその光景を一瞥する者はいなかった。そんなヒマはどこにもなかったからだ。
キングミノタウロスとの戦いは、それほどまでに熾烈を極めていた。
体の大きさに比例して力が強いだけでなく、予想を超えるスピードの速さを兼ね備えていた。動きは鈍いだろうと思って近づこうものなら、あっさり躱されて反撃にあう。既に何人かの冒険者が重傷を負っていた。苦しそうなうめき声が周囲から聞こえてくるが、いずれも命を落としてないだけ幸いであった。
学習能力がそれほどないのも救いだと言えるだろう。殆どの攻撃が力任せの突進やパンチなどであり、フェイントをかけて攻撃を命中させる姿も見られた。
ただし直感の鋭さは凄まじく、裏をかいたと思いきや、急に避けたり反撃したりするなどの、予想外な動きを見せることも多かった。
思わず思考を巡らせて立ち止まり、それが悪い隙となって致命傷に繋がる。皮肉にも冒険者たちの考える力が、仇となることを予想できた者はいない。
キングミノタウロスは、少しずつ里へ近づいている。グレッグたちがどうにかして食い止めようと必死に立ち向かうが、戦況が好転することはなかった。
「ダメだ……ボクたちだけじゃ……」
「それでもやるしかないよ!」
表情を歪ませるコートニーに、アリシアが叫びながら魔法を放つ。確かに命中はしているのだが、キングミノタウロスからしてみれば、ほんの小さなかすり傷程度でしかなく、その巨体を止めるには至らない。
レドリーが援護に回り、ナイフを相手の足に投下してバランスを崩し、その隙を突いてグレッグやオリヴァーが剣で攻撃を仕掛ける。
斬撃によって相手は膝をついたりするが、それも数秒のこと。再び立ち上がり、怒り狂いながら動き出してくるのだ。そうなれば下手に近づくこともできず、攻撃のチャンスを見失う。
なんとかしなければ――誰かがそう呟いた瞬間、小さな赤い存在が動き出す。
「ピィッ!」
スラキチが渾身の炎の玉を繰り出した。
「グワアアアァァッ!!」
炎の玉はキングミノタウロスの顔に命中し、凄まじい叫び声が放たれる。スラキチに続き、セシィーも大きな炎の魔法を放とうとする。しかし――
「燃え盛れ――私の……きゃっ?」
気合いを入れ過ぎたのか、セシィーは発動直前でバランスを崩し、コントロールを乱したまま炎を放ってしまった。
セシィーはそのまま尻餅をついてしまう。炎はキングミノタウロスの腕をかすっただけで、ダメージらしいダメージには至っていない。
しかもそのおかげで、相手から狙われる羽目になってしまうのだった。
「セシィーっ!!」
グレッグが叫ぶが、尻餅をついたまま恐怖に怯え、セシィーは動けなかった。
キングミノタウロスがセシィーに迫る。真っすぐ一直線に。
風の魔法も投下されたナイフも、キングミノタウロスを止めることはできない。そして遂に相手の巨大な腕が、セシィー目掛けて振り上げられた。
何故かその光景がゆっくりと流れていた。周囲の音もかき消されていた。
もうダメだ。何もかもおしまいだ。セシィーは覚悟して目を閉じる。これまで世話になった人たちの姿が走馬灯となって駆け巡り、ゴメンナサイと言う言葉を、心の中で何度も何度も呟いた。
しかし、自分が潰される感触はこなかった。恐る恐る目を開けてみると、目の前に立ちはだかる人影が。
キングミノタウロスの拳を、剣で必死に受け止めていた。包帯だらけの体を大きく震わせるその姿は、ほんの少しバランスを崩せば倒れてしまいそうだ。
その存在を見たオリヴァーは、呆然としながら目を見開いた。
「ラッセル……」
どうしてお前がこんなところにいるんだ。オリヴァーは戸惑っていたせいか、その言葉が口から出ることはなかった。
ギリギリと剣のきしむ音が、やけに強く聞こえてくる。ラッセルは唖然としている周囲には目もくれず、ひたすら力で押してくる敵の攻撃に耐えている。
「――ぐぁっ!」
うめき声に等しい叫びとともに、ラッセルは剣で大きな拳を打ち払う。なんとか退けること自体は成功した。しかしその瞬間――
「ぐっ!?」
体中に電撃が走った。剣を落とさなかったのは奇跡だった。いや、無意識に気合いを込めていたというほうが正しいかもしれない。
凄まじい痛みに、ラッセルは一瞬、時が止まったかのような錯覚を味わう。しかしそれはあくまで幻に過ぎない。
時間にしてほんの数秒。それは致命的な隙となり、キングミノタウロスの反撃を許してしまう。思いっきり振り下ろされた左腕に気づくと同時に、世界がグルグルと回る光景が広がる。
ラッセルは頭が真っ白になっていた。何が起こったのか理解できなかった。
自分が凄まじい一撃を喰らい、真横に勢いよく吹き飛ばされたということに気づかぬまま、その意識はプツリと途切れるのだった。
「あ……ああ……」
ラッセルが吹き飛ばされた方向を見ながら、オリヴァーがプルプルと震え――
「ああああああああぁぁぁぁーーーっ!!」
叫んだ。瞳孔が開き、喉が潰れんばかりの勢いで。
他の者たちも、今しがた起こった出来事が信じられなかった。まるで、邪魔者を軽くあしらうかのような一撃。それが茂みをいくつも突き抜ける音を叩き出し、やがて止まった。
もはや驚きも恐怖も飛び越していた。誰も動けなかった。それでもキングミノタウロスの進撃は止まらない。
そこに、数本のナイフがキングミノタウロスの足元に投下されるのだった。
「ボケッとするな! 戦いはまだ終わってないんだぞ!!」
レドリーの叱咤する声が降り注いできた。アリシアたちやグレッグたちが、徐々に我に返り、再び武器を手に身構える。
ようやくオリヴァーの叫び声も収まり、息を荒くしながら敵を見る。剣を持つ右手にギュッと力を込め、ギリッと歯を鳴らしながら睨みつける。
その時、キングミノタウロスが鼻息を鳴らす。オリヴァーはそれを見た瞬間、更に怒りを燃やした。少なくとも自分たちを――今しがた吹き飛ばしたラッセルを小ばかにしたように思えたのだろう。
「ううぅ……ぅぉおおおぉぉーーーーっ!!」
まるで獣のような唸り声とともにオリヴァーが駆け出す。キングミノタウロスが振り下ろしてきた腕を躱し、敵の足元に潜り込み、勢いよく剣を振るった。
キングミノタウロスの太い脚から、鮮血が噴き出す。その瞬間、凄まじい雄たけびを発した。凄まじい痛みで更なる怒りを爆発させたことが見て取れる。
今ぐらいの攻撃じゃ足りない。オリヴァーやグレッグはそう思った。もっと大きな一撃を浴びせないと、あの大きな体は倒れないだろうと。
そしてそれが出来そうな人物に目を向ける。しかしその人物は、いまだ震えて動けないでいた。
「セシィー、しっかりしろ!!」
グレッグが叫ぶ。しかしセシィーはビクッと驚き、更に震えを加速させる。
もはやその表情に余裕はない。あるのは恐怖であった。もし今度魔法を放とうとしたら、また失敗してしまうのではないかと。
彼女はもうダメだ。無理やりにでも、ここから下がらせたほうが良い。そう思いながらグレッグが動こうとした、その時だった。
「ピキーッ!」
スラキチが大きな声で鳴きながら、セシィーの腹に突っ込んだ。
あくまで相手に尻餅をつかせる程度の威力。しかしそれは、セシィーを我に返させるには十分なモノであった。
「え、スラ……キチ?」
「ピキャッ!!」
セシィーのことを真っすぐ見据えながら、スラキチはひと鳴きする。まるでしっかりしろと言っているかのように。
そしてスラキチは踵を返し、再びキングミノタウロスに向けて飛び出した。
迷いはない。恐れも抱いていない。真っすぐ相手を見据え、襲い掛かる攻撃を確実に躱し、相手の体に火の玉を命中させるのだった。
「ブモオォォーーーッ!!」
怒りの叫びとともに、キングミノタウロスがスラキチに拳を振り下ろす。しかしスラキチはそれを素早い身のこなしで躱していく。
ほんの一瞬、スラキチの視線がセシィーに向けられた。
確かな強い表情であった。その表情に、段々とセシィーは落ち着きを取り戻す。次第に体の震えも抜けてきていた。
セシィーはゆっくりと自身の魔力を燃え上がらせ、目の前に大きな火球を生み出していく。狙いを定めて発動されたそれは、スラキチに拳を振り下ろそうとしていたキングミノタウロスの顔に、凄まじい爆発を起こすのだった。
「ピキーッ!」
スラキチが嬉しそうに笑いながらセシィーの元へ飛び跳ねてくる。
「ありがとうスラキチ。おかげで目が覚めました!」
そう言いながらセシィーは笑みを宿す。さっきまでの怯えはもう見られない。強い意志を持って、敵に立ち向かおうとしている姿であった。
グレッグは一瞬驚きの表情を見せ、やがてフッと小さく笑う。
「ったく……面白れぇヤツらだな」
そしてグレッグは剣を構え、キングミノタウロスを見据えながら叫ぶ。
「セシィー! 俺とスラキチが突っ込む! 上手く合わせろ!」
「はい!」
間髪入れずセシィーが返事をする。次の瞬間、グレッグとスラキチは勢いよく飛び出した。
それぞれ違う方向から、一人と一匹が迫ってくる。それに臆することなく、キングミノタウロスはグレッグのほうに拳を向けようとした。
それを待っていたと言わんばかりに、スラキチがニヤリと笑い、更に加速する。そしてその小さな体と俊敏さで、ぴょんぴょんと相手の巨体を飛び移り、相手の顔と向き合ったところで、口から思いっきり炎の玉を繰り出した。
炎の玉はキングミノタウロスの左目に命中。すかさず左目を抑えたことで、グレッグを狙う手がなくなった。
当然、そこを狙わない理由はない。グレッグが炎を宿した剣で、左足――つまりオリヴァーが切りつけた場所を狙って切りつける。
斬撃と炎で足の傷は深手と化し、キングミノタウロスはとうとう膝をついた。
同時に目の前が、急激に明るさを増した。
「今度こそ燃え盛れ――私の炎っ!!」
セシィーが発動した巨大な火の玉が、キングミノタウロスを包み込む。巨体は一瞬にして燃え上がり、凄まじい獣の絶叫が響き渡る。
すると今度はその足元から、風が生み出されていた。
『はぁっ!!』
アリシアとコートニー。二人が同時に掛け声を放つと同時に、その風は竜巻のように舞い上がる。風の魔法で威力を増した炎は、更に激しく燃え上がっていく。
キングミノタウロスは尻もちをつき、のたうち回っている状態だ。そこにスチャッと剣を構える音が聞こえてきた。
「うおおおおぉぉーーーっ!!」
オリヴァーが両手で剣を構えながら走り出す。全ての力を込めて、へし折らせるぐらいの勢いで、全身全霊をささげる気持ちで突進する。
「はあああぁぁーーっ!!」
雄たけびとともに勢いよく飛び上がり、オリヴァーは勢いよく剣を振り下ろす。
その瞬間、剣が光った。刃そのものが巨大化したように見えた。一筋の光が、上からスッと滑らかに通り抜ける。オリヴァーが地に降り立った目の前には、一刀両断されたキングミノタウロスの巨体が燃えていた。
「はぁ……はぁ……」
燃え盛る魔物は動かない。焦げる肉と皮膚の臭いが広がる中、オリヴァーは息を乱しながら見つめる。
キングミノタウロスは倒した。完全に危機は去った。しかし代償も大きかった。それを木の上から、レドリーが厳しい表情で見つめながら思っていた。
(情けや容赦なんてモノは存在しない。まさに残酷な命のやり取り。それが本来の戦いの姿だ。果たしてそれを理解している冒険者が、どれだけいることか――)
呆然としている若者たちを見下ろしながら、レドリーは心の中で呟くのだった。
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