第九十七話 アリシアたちの到着



 エルフの里の訓練場にて、大きな炎の柱が巻き起こる。それは数秒で消え去り、発動させた魔導師の少女は肩で息をしていた。

 それを見物していた同じ魔導師は、揃って目を見開いており、少女に付き添って練習を見ていた少年は、喜びの笑顔を浮かべていた。


「今までで一番の制御だったよ。やっぱりセシィーは凄い才能の持ち主だね」

「いえ、コートニーさんが教えてくれたおかげですよ」


 朝から特訓を続けて数時間が経過すると、教えているコートニーですら驚くほどの成果を、セシィーは叩き出していた。

 魔力の制御は、魔力量が大きければ大きいほど困難になる。セシィーの魔力量の場合、ちゃんと制御できるようになるまで数日は費やすだろうと思われていた。

 しかしそれを短時間で可能にしてしまった。まだ危なっかしい部分はチラホラと見られるが、それを踏まえても、コートニーは驚かずにはいられない。

 とどのつまり、それだけセシィーの潜在能力が凄まじいということだ。数年後、更に周囲を驚かせるほどの魔導師になっているだろうと、心の底から思えてしまうほどに。


(ボクが教えたのは、簡単な魔力制御のコツだけ。駆け出しの魔導師なら、誰もがやることをおさらいしただけに過ぎない。やっぱり彼女は天才だ。それこそボクのことなんて、あっという間に追い越しちゃうだろうな)


 悔しいという気持ちがないわけではない。しかし、追い抜かれないまま居続けるというのは無理だろうと、コートニーは考える。

 ただ単に才能が高いだけでなく、その才能をちゃんと鍛えようとしている。魔力の高さに溺れず、それを使いこなすべく必死になって努力している。

 そしてその努力は、このたった数時間の間に、結果となって表れているのだ。

 少なくともコートニーには、これを本物以外に例える言葉がなかった。だがその一方で、惜しいと思う部分もあった。


(でもまだ彼女は、本当の意味で開花しきれていない。自分に自信がなさ過ぎて、出せる力も全然出せていないんだ。なんとかして自信をつけさせれば、間違いなくもっと伸びるハズなのに……)


 それは、コートニーの純粋な気持ちに他ならなかった。教えている立場として、彼女の魔法が成長していく姿に、この上ない嬉しさを覚えていたのだ。

 そんな感じで思考にふけっていたコートニーに、セシィーが首を傾げながら、下から覗き込むようにして訪ねてくる。


「コートニーさん? どうかされましたか?」

「え? あ、あぁいや、なんでもないよ。それじゃあ次は……」


 セシィーの質問に慌てて取り繕うコートニーは、そのまま練習の続きを促そうとする。その時、一人の若い冒険者の男が、大急ぎで訓練場に走ってきた。


「おーい、コートニーっていう魔導師はいるかーっ?」


 明らかにどれが本人かを分かってないような掛け声。コートニー自身も、彼のことは知らなかった。

 何だろうと思いながら、コートニーは冒険者の元へ走っていく。


「コートニーはボクですけど、何でしょうか?」

「おぉ、アンタがそうか。いやなに、セルジオさんが呼んでるんだよ。アンタ宛に客人が来ているそうだ」

「え、客人?」


 コートニーが聞き返すと、冒険者は頷いた。


「おぉ。確かエルフ族の女二人と、獣人族の男一人だったな。その中にいた魔導師の嬢ちゃんは、なにやらアンタのことを知ってたような感じだったが……」


 エルフ族の女で魔導師。それを聞いてコートニーは、一人の知り合いを思い浮かべていた。

 しかし疑問もあった。本来なら彼女も含めて四人のハズなのに、今の話だと一人足りないからだ。

 どのみち呼ばれている以上、自分は行かなければならない。そこにセシィーが笑みを浮かべながら、コートニーに言う。


「私は一人で続けますから、どうぞ行ってきてください」

「……うん、ありがとう」


 そしてコートニーに伝えることを伝えた冒険者も、踵を返しながら声をかける。


「じゃあ、確かに伝えたからな。セルジオさんたちは屋敷で待ってるってよ」

「はい。わざわざ、ありがとうございました」


 コートニーがお礼を言うと、冒険者は気にするなと手を振って合図し、そのまま去っていった。

 そしてコートニーも訓練場を後にし、急いでセルジオの屋敷へと向かう。

 見張りに会釈しつつ屋敷の応接室へ向かうと、そこには予想していた人物が待っていた。


「コートニー、久しぶりだね」

「うん、久しぶり。やっぱりアリシアだったんだ」


 スフォリア王都で別れた、エルフ族の魔導師の少女アリシア。思いがけない再会に驚きつつ、彼女たちの様子がどことなくおかしい点に疑問を浮かべる。

 その時セルジオが、重苦しい咳払いとともに口を開いた。


「済まんが今は、一刻を争う時だ。再会を喜ぶのは後にしてほしい」


 セルジオがアリシアたち三人と向かい合うような形で座り、コートニーをその隣に座らせた。

 追加のお茶を運んできたドロシーを下がらせ、五人だけとなった空間は、やはりどこか重々しさが漂っている。

 まず沈黙を破ったのは、セルジオであった。


「改めて確認しよう。そなたたちが訪ねてきたのは、仲間を探すためだったな?」


 セルジオの問いかけに対し、まずはアリシアが頷いた。


「はい。私たちのリーダーのラッセルが、先日から行方不明なんです」

「最後に確認した町の門番によれば、ヤツは西に……つまりこっちのほうに向かったらしいんですわ。もしかしたらこの里に来てるんじゃねぇかと思いやして、こうして来てみたんですがね……」


 オリヴァーが苦々しい表情を浮かべる隣で、ジルが深いため息をついた。


「少なくともラッセルは、里には来てないみたいですね。情報らしい情報もなさそうですし……」


 王都から西に存在する目ぼしい場所は、エルフの里だけだった。何かしらの情報が得られるだろうと、大きな期待を寄せていただけに、落胆の度合いは大きい。

 そんな中、いち早く表情を切り替えてきたのは、なんとアリシアだった。


「落ち込んでても仕方ないね。今はとにかく、ラッセルの居所を突き止めないと」


 両手の拳をグッと握り締める姿に、セルジオは目を見開いた。


「王都で見た時からなんとなく思っておったが……お前さん随分と見違えたな」

「えっ、何がですが?」


 首を傾げるアリシアに、セルジオは顎に手を添えながらフムと頷く。


「なるほどな。マキトとの旅が、お前さんに良い経験を積ませてくれたと見える。それが思わぬ成長を遂げて……まさか、ラッセルが暴走した原因はそれか?」


 穏やかだったセルジオの表情が、急に険しさを増す。その言葉を聞いたアリシアたちが――正確にはジルとオリヴァーの二人が、苦笑を浮かべていた。


「その可能性は高いかと……」

「自分に対する誇りも、メチャクチャたけぇヤツだからなぁ」


 二人の隣では、アリシアが気まずそうに俯いていた。

 やり取りを聞いていたコートニーが唖然とする中、セルジオが納得するかのように頷いた。


「ふむ……ラッセルは以前から、正義感と誇りは人一倍大きく持っておった。それが変な方向に……いや、最悪の形で拗れてしまったということかの」


 この考えは以前、スフォリア王都のギルドマスターであるウェーズリーが言っていた言葉でもあった。

 旧友と酒を酌み交わしたある日、若い冒険者たちに対する雑談がてら、ポロッと出てきたのだ。

 ラッセルは心の柔軟性に欠ける部分があると。どんなに実力が高かろうと、努力を惜しまない姿勢があろうと、心に余裕を持てなければ、少々のヒビであっという間に崩れ落ちるだろうと。

 ウェーズリーからその話を聞いたのは、今から一年ほど前のことだった。

 それ以来ラッセルについての話がされることはなかったが、どうやら欠けている部分を埋めることはできなかったようだと、セルジオは確信する。

 セルジオからしてみれば、どれだけ実力を上げようと、ラッセルはまだまだ青い年頃でしかなかった、というだけに過ぎない。したがって特にあれこれ言う必要もなく、自分で道を模索させれば十分なハズであった。

 しかし、闇の魔力に呑まれているという危険な状況であれば、話は別である。

 更にもう一つ気づいていることがあり、それを頭に思い浮かべつつ、セルジオは小さなため息をついた。


「なるほど、これでお前さんたちが、マキトの居所を気にする理由も分かったな」

「え? なんでアリシアたちがマキトのことを? マキトはこの件には、何の関係もないハズじゃ……」


 疑問を浮かべるコートニーに、セルジオが温くなったお茶を一口すすり、そして視線を落としたまま言った。


「今一度、確認がてら言うが、ラッセルが暴走したのは、アリシアの思わぬ成長に対して嫉妬したという可能性が高い。そして、アリシアが成長した大きなキッカケとなったのは……」

「マキトと一緒に旅をしたから……ってことはまさか、ラッセルがマキトを?」

「可能性は拭えんだろうな」


 周囲が驚きに包まれる中、セルジオはどこまでも落ち着いた態度のまま、湯呑みをテーブルの上に置く。


「今はブレンダがマキトたちの傍についておるが、楽観視はできん。急いで迎えに行かねばなるまい」

「それ、私たちに行かせてください!」


 間髪入れず、アリシアが前のめりになりながら強めの口調で言った。


「このままジッとしているなんてできません。お願いします!」

「……良かろう。どのみち、お前さんたちに先導して行ってもらうつもりだった。話はこれで終わろう。粗方の事情は把握できたからな」


 セルジオが話を締めくくると、コートニーが顔を上げた。


「あの、ボクも一緒に行っていいですか?」

「構わんとも。ただし無理は禁物だ。お前さんたちにも言えることだが、引き返すことも考慮しておくのだぞ?」

『――はいっ!!』


 セルジオの言葉に、アリシアたちとコートニーの四人が、元気よく返事をする。


「うっしゃあっ! なら早速探しに……どこへ行きゃいいんだ?」


 オリヴァーが強気な笑みを浮かべて立ち上がった瞬間、キョトンとした無表情に切り替えたことで、反射的に周囲をずっこけさせる。

 そんな中セルジオだけが、座ったまま落ち着いた様子を見せており、仕方がないなと言わんばかりの笑い声を上げながら、アリシアたちに告げる。


「南のほうへ行くと言っておった。まだそう遠くへは行ってないと思うがの」

「分かりました。じゃあ早速行ってみよう!」

「おうっ!」

「うん!」


 そしてアリシアたちとコートニーの四人が執務室を飛び出し、南の方角へと駆け出していった。

 残されたセルジオはゆっくりと立ち上がり、窓を開けて外の景色を見やる。


「さてさて、これで事態が上手く収まればいいが……どうなることかな?」


 セルジオが呟いた瞬間、妙に生暖かい風が通り過ぎていくのだった。



 ◇ ◇ ◇



「こ、こんな、バカなことが……ぐぅっ!」


 ガラン、という鈍い金属音とともに、ブレンダが地面にドサッと倒れ込む。

 体中が傷だらけで、装備もボロボロになっており、もはや意識を保っているのがやっとの状態に陥っていた。

 そんな彼女の満身創痍の姿を、ラッセルがニヤニヤした笑みとともに見下ろしていた。真っ黒なオーラを体中に纏った状態で。


「所詮はこの程度か。いや……オレが強くなり過ぎたのかな? まぁそれも当然と言えば当然か。正義は必ず勝つということだからな。クックックッ……♪」


 愉快そうに含み笑いをするラッセルに、ブレンダが地面の土をむしるように掴みながら見上げた。

 飛び行く意識を保つと同時に、聞き捨てならない言葉に対する怒りが、ブレンダの表情を酷く歪ませる。


「何が正義だ……フザけたことを抜かしおって! 貴様は己の信念と誇りを、自ら捨ててしまったというのか! 冒険者失格も良いところだぞ!」

「フン、負け犬が何を偉そうに……せいぜいそこで吠えてるがいいさ」


 見下してくるラッセルの冷たい視線に、ブレンダは歯をギリッと噛み締める。そしてすぐにその視線は逸らされた。もはや見る価値もないと言わんばかりに。


「さてと……随分とムダな時間を過ごしてしまった。早くヤツを追わなくてはな」


 ラッセルはブレンダの横を通り過ぎ、そのままマキトたちが走っていった方角へと歩き出していった。

 残されたブレンダは体が動かず、ただ呻くことしかできない。

 悔しさで涙が出てきた。何もできずに、ただ相手の手のひらで踊っていただけの自分が、どこまでも情けなく思えて仕方がない。

 今のブレンダにできることは、助けるために逃がした少年と魔物たちの無事を、祈ることだけであった。


(頼むマキト君。少しでも……ほんの少しでもいいから、遠くへ、にげ……)


 やがて何も考えられなくなっていき、ブレンダの意識は徐々に薄れ、そして闇に溶け込んでいくのだった。


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