第八十九話 真実



 セルジオの屋敷でたくさんのご馳走を堪能したマキトたちは、セルジオに連れられて森の中を歩いていた。

 周囲に民家はおろか、訓練場すらない。一体セルジオは、自分たちをどこへ連れて行くんだろうと、マキトたちは疑問を浮かべずにはいられなかった。


「見えてきたぞ。お前たちに……特にマキトに見せたかったのはアレだ」


 セルジオが指をさすその先には、一つのお墓があった。

 森が開けて太陽の光が差し込んでおり、妙に神秘的な光景が醸し出されている。雑草は極力除去されており、植えたのか自生したのかは分からないが、墓石の周囲を小さな草花が咲き乱れていた。

 墓石には『リオ』と『サリア』という二人の名前が刻み込まれていた。

 少なくともマキトはこの二人の名前を知らなかった。セルジオの家族だろうか。そんな考えが、頭の中を過ぎった。

 しかしその予想は、見事に外れることになる。


「ちなみに言っておくが、この墓はワシの家族のモノではない。マキト、お前さんちょいと、この墓石に触れてみてくれんか? 確かめたいことがあるのだよ」

「あ、あぁ、分かった」


 マキトは殆ど反射的に頷き、墓石に軽く手を添えてみる。すると急に墓石が光り出した。

 ゆっくりと淡い光が点滅するかのように、何回も何回も浮かび上がる。まるで喜んでいるようだと、何故かマキトは自然とそう思った。


「やはりか……どうやらあの時の予想は、見事正しかったようだな」


 その声を聞いたマキトたちは、どういうことだという意味を込めた視線をセルジオに向ける。

 するとセルジオは、フッと小さな笑みを浮かべ、そしてマキトに視線を向ける。


「ここで勿体ぶっても仕方がないから、先に明かしておくぞ。これはマキト、お前さんの両親の墓なのだよ」


 それを聞いた瞬間、周囲の時が止まったような気がした。

 セルジオは急に何を言い出すのだろうか。地球という名の異世界から来たマキトの両親の墓が、どうしてこんなところにあるのか。

 マキトは大いに頭を混乱させ、上手く口が動かせないでいた。


(おいおい、これはどういうことだよ!? 確かに俺は実の両親なんていないし、生きてなかったとしても不思議じゃないけど、いくらなんでも違う世界に墓があるってのはないだろう!? ってことはつまり何か? 俺は地球じゃなくて、この世界で生まれた人間ってことなのか? ワケが分からないぞ!)


 マキトが体ごと手をブルブルと震わせる姿に、セルジオはマキトが混乱している様子にようやく気づいた。


「おぉ、スマンスマン。そうだな。急にこんなことを言われても、すぐに理解できるワケがないな。驚かせてしまって申し訳なかった」


 セルジオはマキトの肩をポンポンと叩きながら宥める。しかしその直後、力強い目でマキトを見上げてきた。


「しかし、今話したことは紛れもない事実だ。お前さんはこの世界で生まれ、別の世界で生きてきた。今しがたお前さんが墓石に触れたことで、それが確かであることが証明されたのだよ」

「そういえば、マスターが触ったら反応しましたよね? 魔法か何かですか?」


 首を傾げるラティに、セルジオが頷く。


「エルフの里では墓を建てる際、墓石に特殊な魔法を組み込むのだ。その墓に眠る者の血を引く者が触れると反応する。そうやって、血縁関係があるか否かを確かめるという魔法をな」


 それを聞いて驚くマキトたちを見つつ、セルジオは話を続ける。


「もっとも最近では、そんなことも殆どしなくなってきたがな。昔は墓荒らしなどが絶えない、物騒な時代でもあった。それこそどこに誰が眠っておるのか、誰にも判別できなくなることも、決して珍しくなかったのだよ」

「特殊な魔法を施さなければ、家族の人たちも安心することはできなかったと?」

「そういうことだな」


 コートニーの言葉に、セルジオは笑顔で肯定する。


「十年前はもう、そんな特殊な魔法を組み込むことはなくなっておった。しかしワシは、あえて魔法を組み込んだ。もしかしたら、この二人の息子が生きていて、この里に現れるのではないかと予感してな。まさか本当に的中するとは、思っても見なかったがな」


 苦笑するセルジオだったが、以前パンナの森付近でマキトに過去話をした際、本当にそうではないかという妙な確信が何故かあった。

 それから里に戻り、調べれば調べるほど、その確信は更に固まっていく。九割の確率で当たっている自信がつくほどに。

 しかしそれでも確かな証拠が今一つ欠けていたため、予想が外れる可能性は否定できなかった。そこでこの墓石に仕掛けられた魔法を思い出したのだ。

 流石に十年も音沙汰がなければ、普通に忘れてしまっていた。セルジオ自身、どうしてもっと早くこれを思い出さなかったんだと、自分に対して大いに叱咤していたほどであった。

 しかしどのみち、マキト本人が里に来なければ話にならないため、結果は同じだとブレンダにツッコまれていたことは、ここだけの話である。


「先日、キラータイガーの長が話したことも、恐らく間違いはないのだろう。そしてワシが話したこともな。不完全な異世界召喚魔法によって、幼いマキトは一時的に違う世界に飛ばされておった。そして魔法の効き目が切れたことで、この世界に再び舞い戻ってきた」

「ということは、マキトの場合は召喚……とは言えなくなるんじゃ?」

「うむ。召喚ではなく帰還した、というのが正しくなるだろうな」


 コートニーの疑問に頷きながら、セルジオは更に話を続ける。


「もっともこれは、あくまでワシから見た判断に過ぎん。マキトが違う世界で過ごしてきた十年間というのも、紛れもない事実だ。どちらが自分にとって本当の世界なのか。それはマキト、お前さんが自分の意志で決めることだ」


 セルジオにそう言われたマキトは、しばし考える仕草を見せ、そして力強い笑みを浮かべて答える。


「俺はこの世界で生きていくって決めたんだ。地球に帰るつもりは全くないよ」

「そうか。お前さんがそう決めたのなら、それはそれで構わんだろう」


 セルジオも笑顔で頷いた。心配そうにしていたコートニーや魔物たちも、ようやく笑顔が浮かんだ。

 すると今度は、マキトが困ったように頬を掻き出した。


「でもなぁ……急にこの世界の人間だって言われても、正直ピンとこないな」

「無理もない話なのです。普通ならば、そんなワケがないって否定しても、全然おかしくないのですよ」

「うむ。そう考えればマキトは、かなり落ち着いておるほうだな」


 ラティとセルジオから注目され、マキトは妙にむず痒い気分を味わっていた。


「これでも結構驚いてるほうなんだけどな。大体こんなもんじゃないの?」

「ボクだったら絶句して、それこそまともに話も聞けなくなってたと思うよ。以前サントノ王国で、お父さんから話を聞いた時みたいにね」


 数ヶ月前の出来事を思い出しながら、コートニーは苦笑する。

 それを聞いたマキトは、未だピンと来ていない様子で、そーゆーもんかねぇと、ため息をつきながら首を傾げるのだった。



 ◇ ◇ ◇



 話がひと段落したところで、今度はセルジオから、マキトの両親について語られることとなった。

 リオが父親で人間族とエルフ族のハーフ。サリアが母親で純粋な人間族。つまりマキトは、エルフ族の血を宿すクォーターであることが判明された。

 アリシアのようなハーフとは違い、クォーターは外見的特徴が、どちらかの種族に完全に偏ってしまう。つまりマキトは人間族寄りということになり、パッと見ただけでは本当に分からないほどであった。

 もしもエルフ族寄りに生まれて、長い耳を持った状態で地球にいたら、果たしてどうなっていただろうか。

 そんな考えが、マキトの頭の中を一瞬だけ過ぎった。


「エルフ族の血を引く者の中には、極めて丈夫な体を持って生まれてくることがごく稀にある。マキトも恐らくその一人だろう」

「カゼとか引いたことないって言ってましたもんね」


 セルジオとラティの言葉に、マキトはなるほどなぁと心の中で納得した。

 病気にかからず、ケガをしてもすぐに回復してしまい、しかも後遺症を全く残さない。これら全てがエルフ族の血縁による特殊体質なのだとすれば、むしろ大いに頷けるというモノであった。


「ちなみに体が丈夫になる以外にも、エルフ族の血縁であることを読み取ったり、魔力が宿っているか否かのみを判断できたりする者もおる。様々な体質が存在するため、全てを把握するのは極めて困難だ」


 初めて聞いたマキトたちは驚きを隠せない。そこにコートニーが疑問を呈した。


「でもそれなら、エルフ族がもっと話題になってても良くないですか? エルフ族に特殊体質があるだなんて、ボクは初めて聞きましたよ?」

「話題になっとらんのも無理はない。この特殊体質というのは、意外と実用性に欠ける傾向が高くてな。それ故に当のエルフ族でさえ、生まれながらに持つオマケとしか捉えないのが殆どだ」


 オマケという言葉に、マキトはなんとなく頷けるような気がした。

 血縁を読み取ったところで、それが何かに活かせるかというと、別にそんなことはないだろう。ハーフやクォーターが当たり前のようにいるということは、それだけ他種族との混血を気にしていないということなのだから。

 そして魔力が宿っているか否かについては、ギルドに行けばすぐに分かることであり、わざわざ他の誰かに読み取ってもらう必要は殆ど皆無だ。

 やはりセルジオの言うとおり、オマケ程度に見る以外にないだろう。


「そう考えると、マスターの体質って、かなり良いように思えてくるのです」

「ワシもそう思っておった。多少の厄介な自然環境の中でも、恐らく生き残ることができるだろうからな」

「まるで魔物使いになるために生まれてきたみたいだね」


 ラティ、セルジオ、そしてコートニーから次々と視線を向けられ、マキトはどう反応したらいいか分からなかった。

 丈夫な体質にしても魔物使いの能力にしても、自分で望んで手に入れたワケではない。あえて言うならば、運命と偶然が見事過ぎるレベルで重なっただけの話だ。

 そう思うマキトであったが、そういうところが凄いということをセルジオたちが言っているのだと、本人はまるで気づいていない。


「ちなみにマキトの母親のサリアも魔物使いだった。恐らくマキトは、母親の能力を強く遺伝したのだろうな。周囲の流れを気にせず我が道を行く。そんな性格をしておったよ」

「それもなんだかマスターっぽいですね」


 ラティに言われたマキトは、何も言い返せずに頭をポリポリと掻いた。そんな彼の様子を微笑ましそうに見つめながら、セルジオは思う。


(まぁ実のところ、顔立ちもサリアによく似ておるんだがな。パンナの森で初めて会った時は、流石のワシも驚いたもんだ。魔物と一緒におるあの子を見て、ほんの一瞬サリアの姿が見えたような気がしたからのう)


 あの時思わず叫んでしまったことは、セルジオの中では小さな黒歴史と見なしていた。長老たる者、常に冷静沈着に行動しなければ、という理念があるからだ。

 もっともそれを言い訳に、カッコいい自分を保ち続けていたい、という意思のほうが強かったりするが、今は特に関係のない話である。


(生き写し……とまでは言わんが、あまりにも似ておった。それにマキトからは、リオとサリアのオーラのようなモノさえも感じた。とても無関係とは思えんかったが、まさか消えた息子本人だったとは……)


 マキトがこの世界に再び降り立ち、あまつさえこの地を訪れたことに、セルジオは何かしらの運命を感じてならなかった。

 まるで神族――もしくはそれ以上の存在が、マキトを導いたのではないか。

 特に根拠もなく、夢に満ちた考えであることも分かってはいたが、不思議とあり得そうな気がするとセルジオは思った。


「よし、折角だから一つ、ワシがリオとサリア……つまりマキトの両親について、軽く話してみるとしようかの」


 ほんの気まぐれに等しい提案であったが、マキトたちは揃って興味深そうに視線を向けて食いついてきた。

 それを見たセルジオはなんだか気分が良くなり、意気揚々と昔を思い出しつつ、穏やかな口調で語り出していった。


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