第六十八話 暗躍
ミネルバ、ビーズ、そしてエルヴィン。この実に歪み切った運命共同体は、それぞれの目的を達成するために、計画を練っていた。
ビーズが長い年月をかけて発明した装置を披露し、二人に説明する。
置物程度の大きさで、両手で難なく運べる程度の重さしかないその装置を見て、二人は微妙な表情を浮かべている。
「魔力を使って魔物の心をかき乱す、だと?」
「そうです。自然の中に魔力が溢れる我が国だからこそ、この装置が活用できるといっても過言ではありませんね」
ビーズは自信満々にメガネを光らせながら言った。
どうにも不安が拭えなかったが、ビーズの執念と熱意は本物だ。二人もそれだけはなんとなく思っており、とりあえず黙って聞いてみることにしたのだ。
「装置が作動すれば、特殊な魔力の音波が発動し、周辺の魔物が暴れ出す。よくそんなモノを発明しましたわね」
「これも全て、私が出した成果を認めてもらうためですよ」
ミネルバの若干呆れ気味の言葉に、ビーズは再び胸を張る。その時、トントンと足踏みをする音が大きくなった。エルヴィンが腕を組みながら苛立っており、遂に大きな声で言い出した。
「そんなことはどうでも良い。肝心なのはコイツを使うことで、どのような成果を期待できるのかだ。いくら魔物を暴れさせたところで、肝心の復讐ができなければ、何の話にもならないだろうが!」
ここでエルヴィンは、何か気づいたような素振りを見せる。
「まさかとは思うが、魔物を暴れさせて周囲を混乱させたドサクサに紛れ、ヤツらを僕たちの手で始末しようという作戦なのか? 僕やミネルバ様の手を、薄汚い血で染めるつもりか!」
ビーズに指を突き出しながら、エルヴィンは声を荒げる。それに対してビーズは臆することなく、涼しい顔をして首を横に振った。
「とんでもございません。お二人の手を汚させようとは思っておりませんよ」
「ならば勿体ぶらずに早く説明しないか! 生意気なのも大概にしろ!」
その叱責に対しても、ビーズは失礼いたしましたと、なんてことなさそうな感じで頭を下げ、自らの考えを二人に話す。
聞いていた二人は、実に興味深そうであった。エルヴィンの表情からも、苛立ちは完全に消え去っていた。
「つまり、セドが従えているキラータイガーの子供、そしてあの魔物使いの人間族が従えている三匹を暴れさせ、それを僕たちが取り押さえる、ということか!」
「そうすれば、あのロクデナシどもは失墜。私たちのことを母上は認め、これまでの考えを全て改めてくれるに違いありませんわ!」
エルヴィンとミネルバは、揃ってワクワクした表情を浮かべた。ここでビーズが装置を掲げながら、更に説明を続ける。
「この装置にはもう一つ、野生の魔物たちを鎮める機能がございます。暴走させた魔物たちが、お二人に襲うこともありません」
ビーズのその言葉に、エルヴィンは初めて感心するかのような頷きを見せる。
「そんな機能まであるのか。キサマもなかなかの腕前だな」
「お褒めにあずかり光栄にございます。以上で私からのお話は終了でございます」
話が締められ、三人は笑顔を浮かべていた。
望む結果を得るために、皆で自作自演を仕掛ける。三人は反対どころか、むしろノリノリでやる気を出していた。
「利害は……一致していますわね」
「文句の付けどころはないと思われますよ」
「では、決まりということで、皆さんよろしいですね?」
ビーズの声に二人は頷く。作戦を遂行することが、正式に決まるのだった。
同時に怪しげな笑みがニヤリと、三人の口からひっそりと漏れ出ていた。
(くっくっくっ、これでようやく僕の復讐を完遂させられる。二人には僕の踏み台として、せいぜい利用させてもらおうか。女王様に全てを暴露し、僕一人が手柄を独り占めしてやるから、ありがたく思いたまえ♪)
エルヴィンがほくそ笑む傍らでは、ミネルバも同じように笑っていた。
(お二人とも感謝なさい。次期女王であるこの私が、アナタたちを存分に利用して差し上げますから♪ お母様には私が巻き込まれただけだと話せば、それで完璧に分かってくれることでしょう。手柄は私が全て独り占め。この国の頂点に立てる日が来るのも、そう遠くない話ですわね♪)
そしてそれは、ビーズも例外ではなかった。
(まさかここまで利用価値のある方々現れてくれるとは……本当に感謝ですよ♪ 私の目的を果たすための、お人形さんになってくださいね♪)
三人が三人、完全に他二人を利用しようと企んでいた。しかもそれを隠しているつもりで全く隠れていない。普通ならすぐにでも気づける光景だというのに、三人揃って自分の世界に入り込んでしまっており、まるで気づく様子がない。
傍から見れば滑稽そのものだが、それを指摘する者もいなかった。
「では、計画の実行は今晩ということで」
ビーズの言葉に対し、エルヴィンとミネルバはニヤッとしながら頷くのだった。
◇ ◇ ◇
「此度は、本当に面目次第もございませぬっ!!」
女王の間にて、一人の男がフィリーネに対して土下座をしながら謝罪する。その頭は地べたにくっ付いており、そう簡単に剥がれなさそうにすら思えてくる。フィリーネもオースティンも、困ってる表情を浮かべていた。
「ミシェール・マクレッド。ひとまず顔を御上げなさい。話ができません」
「そうはいきませぬ! バカ息子がセド様にご無礼を働いただけでなく、まんまと取り逃がしてしまったという大失態! この命一つでは到底詫びきれませぬ!」
「……命を持って詫びさせることは許しません。それで自分一人が楽になろうとは思わないことです」
「っ!」
ミシェールはビクッとしながら、恐る恐る見上げる。そんな姿をオースティンは呆れながら見下ろしていた。やはり図星だったかと思いながら。
今こうして必死に頭を下げているのも、全ては自分一人のためであって、粗相をした息子のことなんて考えていない。命を償いの対価にしてきたのも、それだけ自分は真剣に謝っているんだ、というアピールに過ぎない。そこはフィリーネもしっかりと見抜いており、誤魔化されませんよと言わんばかりに目を細めていた。
「昨晩も同じような姿を見ましたし、同じような言葉を聞きました。ですから今更そんな姿を見せられても、反応の仕様がないんですよ」
「そ、それは……ですが私は、本当に申し訳なく思っていましてですね!」
しつこく食い下がろうとするミシェールに、フィリーネは深いため息をつく。
「母上。恐れながら、ミシェール殿には一旦下がっていただくというのは? 今はそれどころではないわけですし……」
オースティンがフィリーネにそう進言した瞬間、ミシェールは目を見開きながら声を荒げる。
「いくら第一王子と言えど、割り込むだけならまだしも、いささか勝手が過ぎるのではございませぬか? 私は今、フィリーネ様と大事なお話を……」
「確かに……そうしてもらうのも一つの手だと言えるわね」
「フィリーネ様!?」
裏切られた気持ちになりながら、ミシェールはフィリーネに視線を移す。それに構わず、フィリーネは笑顔で淡々と告げるのだった。
「ミシェールの謝罪は既に聞きました。もうこれ以上言うこともないでしょうし、下がっていただけますかしら?」
邪魔だから早く出ていってくれ。そう言われたのだとミシェールは悟った。
握り締めた拳を震わせ、うつむいたまま口を開く。
「……アナタは本当にこの国を治めておられるのですか? 私が……マクレッド家がどれほどこの国に尽くしてきたか、分からないワケではありますまい! それに息子が粗相をしでかすキッカケとなったのは、セド様とその御友人であると、私はこの耳でしかと聞きましたぞ!」
その瞬間、フィリーネとオースティンの眉がピクッと動いたのを、ミシェールは見逃さなかった。
攻め込むなら今だと、ミシェールは直感でそう思った。
「もしやとは思いますが……息子が脱走したことも、ミネルバ様の姿が分からないこの状況も、セド様とその御友人――魔物使いの少年とやらが、関与しているのではございませぬか?」
どこか気分が良さそうにペラペラと喋るミシェールに対し、オースティンは深いため息をつきながら額に手のひらを置く。
「バカバカしい。こんな時に何をデタラメなことを……」
「果たしてそうでしょうかな? ここに来る前に仕入れた情報ですが、そのお二人は仲間たちとともに、泊りがけで王都を出ているそうですな。いくらなんでも留守にするタイミングが良すぎるように思えますが?」
「ぐっ……」
ニヤニヤしながら訪ねるミシェールに対し、オースティンは何も言い返せず、言葉を詰まらせる。違うという証拠がないという痛い部分を突かれてしまった。
それはミシェールも察したらしく、更に畳みかけてくる。
「あくまでこれは私の推測に過ぎませんが、もしかしたらこの一連の騒ぎの黒幕は、その魔物使いの少年という可能性もあるかと思います。息子から聞きましたが、彼が従えている魔物三匹が、どれも珍しいというのは流石におかしい。何かしら不正をして手に入れたと考えるのが妥当でしょう。それがバレるのを恐れ、息子やミネルバ様を利用して、騒ぎを起こして有耶無耶にしようと企てた。セド様とすぐに仲良くなられたというのも、案外その布石かもしれませぬぞ?」
ペラペラと流調に語るミシェールに、フィリーネが顔をしかめる。
「ミシェール。流石に根も葉もない憶測が過ぎますよ?」
「現時点で分かってることがないのであれは、どんな言葉も憶測になりますよ」
またしてもフィリーネとオースティンは、ミシェールの言葉に反論できなかった。そろそろ仕上げだなと、ミシェールはこっそりとほくそ笑む。
「なにより、その少年とセド様が仲良くなった直後に、今回の騒ぎが起こりましたな。これでは疑ってしまうのも、ある意味仕方がない話だとは思いませぬか?」
「……言い返せんな」
苦々しい表情で、オースティンが言う。対するミシェールは、そうだろうと言わんばかりに、心の底から満足そうな笑顔で頷いていた。
「もし少年が黒幕であるならば、私の息子はやられた側ということになります。どうかその可能性も、考えていただければ幸いですぞ」
「肝に銘じておきましょう。オースティンも分かりましたね?」
「はっ!」
これでようやくミシェールも満足したのか、最初とは打って変わって実に晴れ晴れとした表情を浮かべていた。
対するフィリーネとオースティンは、苦虫を噛み潰したような表情となっている。それが余計に、ミシェールの表情を笑顔にさせるのだった。
「ご理解いただけてなによりでございます。それでは、私はこれにて失礼いたします。貴重なお時間を取らせてしまい、誠に申し訳ございません」
ミシェールは軽い足取りで、女王の間から出ていった。
バタンと扉の閉まる音が重々しく響き渡ると、傍らでずっと聞いていた一人の老人、セルジオが歩いてきた。
「お前さんたちは、本当にあの少年が黒幕だと思っておるのかね?」
セルジオの視線が、フィリーネとオースティンの二人を鋭く突き刺す。一瞬たじろぎながらも、オースティンが悔しそうに俯きながら答えた。
「そんなわけありません。ただ、そうじゃないという確証がないだけです」
「うむ。その返事が聞けて良かったぞい」
そしてセルジオも、女王の間から出ていった。オースティンはおもむろに窓側まで歩いていき、窓の外を見やる。
忌々しいくらいに黒雲が多い出している外を見ながら、大理石の壁を力いっぱい拳で叩くのだった。
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