第五十六話 キラータイガー



 パンナの森の奥地に辿り着いたマキトたちは、その光景に圧倒されていた。

 大きな滝に透き通った泉、よりたくさん飛び交っている魔力の粒子も相まって、実に神秘的という言葉が良く似合っている。


「わぁ……」

「ふやぁ……」


 マキトとラティは、息を吐き出すような感じで声を漏らす。上手く言葉が出せなかったといっても過言ではない。スラキチやロップルに至っては、口を開けたまま呆然としていた。

 それほどまでに衝撃的だったのだ。

 さっきまで抱いていたモヤモヤした気持ちが、全て吹き飛んでしまうほどに。


「いつ見ても凄い光景だの」

「えぇ、全くです」


 セルジオとブレンダもまた、感激しているかのように滝を見上げている。


「折角だ。ここらへんでメシでも食おう。腹ごしらえはちゃんとしておかんとな」


 既に昼は過ぎており、太陽が傾き出している頃合いだった。

 マキトたちも食事をすることをすっかり忘れていることに気づき、腹の音が鳴り響いてしまう。

 食事の準備をしながら、マキトはクエストの目的である水汲みを済ませた。

 ギルドから受け取っていた大き目のボトルを泉に突っ込んで、満タンになるまで水を入れる。泉から引き上げてフタを閉め、ズッシリと重たくなったボトルが完成したのだった。


「ちなみにここの水も、魔力が込められておってな。病気やケガを治す特殊な効果を秘めておるのだ」


 ボトルを掲げるマキトの元に、セルジオが説明しながら歩いてくる。


「へぇー、そんな不思議な水だったのか。そりゃ凄いな」


 マキトは素直に感心する。どうやらさっき自分が仕掛けた質問は、もうすっかり忘れてしまっているようであった。あの直後に、子タイガー亜種の出来事が発生したからだろう。

 セルジオはそう思いながら、心の中で安堵の息を漏らしていた。


「お前さんたちも飲んでみたらどうだ? 魔物にも効果はあるからの」


 セルジオに声をかけられたラティたちは、それぞれ一口水を飲んでみる。するとなんだか体が暖かくなり、元気が戻ってくるような気がした。

 本当に魔物たちにも効果があるのだということがよく分かる。同時にマキトは、さっきの子タイガー亜種のことを思い出していた。


(アイツ……ここに連れてくれば良かったかな……)


 今更ながらマキトの中に、小さな後悔が生まれてくる。

 もしかしたらさっきの子タイガー亜種は、ここの水を目指していたのではないかと思った。

 歩いてきた方向を見てみるが、魔力の粒子が飛び交う森が広がっているだけで、魔物の姿は見られない。


(……とにかく元気になってくれていることを、今は祈るしかないか……)


 自分の中でそう結論付けたマキトは、なんとか気持ちを切り替えようとバッグの中を漁り出す。

 森に入る前に剥ぎ取った、フォレストベアの肉を取り出した。


「折角だ。コイツを少し味見してみよう」


 マキトは地面に乾いた布を敷き、肉の塊を乗せた皿と鉄串を置く。

 水でよく洗った肉をナイフでぶつ切りにし、三本の串に数個刺して塩とコショウを振り、焚き火にかざしていく。パチパチと油がはぜる音が響き渡り、段々と香ばしい香りが広がってきて、自然と食欲をそそらせる。

 やけどしないように串を回してまんべんなく肉を焼き上げ、マキトが試しに一口かじってみた。


「うーん……結構クセがあるな……」


 マキトが魔物たちに串を差し出すと、三匹が勢いよくかぶりつき出した。


「きっと臭みが強いんじゃないでしょうか? でも、あまり気にならないのです」


 平然とした表情でラティが言う。スラキチとロップルに至っては、文句なしだと言わんばかりの、満足そうな笑顔を浮かべていた。

 やはりヒトと魔物では、味の好みが明らかに違うのだと、マキトは改めて思う。臭みなどが抜け切れていない肉でも、ラティたちは平気で食べてしまう。どうして美味しいと思わないのですかと、驚かれてしまうほどであった。

 マキトがそのことをセルジオとブレンダにも話してみると、二人も驚きの反応を見せてきた。そうなのだろうとは思っていたらしいが、実際にヒトの言葉で聞いたことで、改めて驚かされたとのこと。

 ブレンダも焼いた串肉をマキトから受け取り、一口かじってみる。


「味の好みはさておき、フォレストベアの肉料理は、スフォリア王都でもかなりの話題を呼んでいる。ちゃんと調理をすれば、美味しく食べられるハズだ。臭み抜きをするならば、薬草を煎じたお湯で茹でてみるのも良いだろう」

「えっ、茹でちゃうのですか?」

「あくまで下処理だ。なんなら試してみると良い」


 ブレンダに言われたラティが、ワクワクした表情でマキトに詰め寄る。


「マスター。さっき薬草をたくさん摘んでましたよね? 試してみるのです!」

「あぁ、やってみようか」


 泉の水を鍋に溜め、森の中で採取した薬草を入れて火にかける。次第に沸騰してくると、薬草の突き抜けるような独特の香りが広がってきた。マキトが試しに一口飲んでみると、完全に薬草の味がついていた。

 ここでマキトは、フォレストベアの肉を塊ごと鍋の中に放り込む。

 外側の色が変わるまでしっかりと茹でてから火から外し、その肉を小さく一口大に切り分け、鉄串に刺していく。四本仕上げた鉄串を、焚き火でじっくりと焦げ目がつくまで焼き上げた。

 試しにマキトが一本味見をしてみると……。


「……うっま!」


 驚きながら自然に出た言葉だった。その反応を見たラティも、自ら焼き上がった肉にかぶりつく。


「うーん♪ さっきよりなんか食べやすいのです」


 ラティに続き、スラキチやロップルも美味しそうにモシャモシャと食べ始める。それを見たセルジオとブレンダも、鉄串を一本手に取り、かじってみた。


「うむ。なかなかのモノだな。これはイケるぞい」

「確かに」


 肉を頬張りながら、セルジオの言葉にブレンダが同意する。

 セルジオはあっという間に一本平らげ、物足りなさそうな表情で隣のブレンダが持つ鉄串を見る。まだ肉は数個ほど残っていた。


「のう、ブレンダちゃんや。老い先短いこのワシに、ご慈悲を与えることは……」

「しませんよ」


 芝居がかったセルジオの言葉に、ブレンダは容赦なく切り捨てる。

 しばし沈黙が流れる中、なんてことないと言わんばかりに黙って肉を食べる彼女に対し、セルジオは拗ねたように口を尖らせた。


「……ちっとは年寄りを労わろうという気持ちはないのか?」

「今回に限っては、そんな言葉は一切通じませんよ」


 一切表情を変えずに、ブレンダは串肉を一本完食した。

 その後も楽しい食事の時間が流れる。やがて全員の腹が満たされ、後片付けをしようとしたその時だった。


「ピキィ?」


 スラキチがとある方向を見る。マキトたちもつられてそちらを見てみると、茂みの中から一匹のキラータイガー亜種が姿を見せる。

 そしてその足元には、体を手拭いで巻かれた、子供のキラータイガー亜種がいた。


「さっきのキラータイガーの子供か?」

「ふむ……親子のようだな。襲ってくる気配はないようだが……」


 ブレンダが剣を持って立ち上がり、セルジオが座ったまま観察する。

 そこにラティがキラータイガー亜種たちの元へ飛んでいった。


「あの、何かわたしたちにご用なのですか?」


 ラティがそう尋ねると、大人タイガー亜種の一匹が鳴き声で答えてくる。

 それを真剣にフムフムと頷きながら聞き、やがてなるほどと納得するかのように頷き、マキトの元へ戻ってきた。


「マスター。助けてくれたお礼がしたい、って言ってるのです」

「そうなのか?」


 マキトが尋ねると、キラータイガー亜種の親子は、揃ってコクリと頷いた。

 更にラティの通訳によれば、森の外に出て西に進んだところに長がおり、マキトに礼が言いたいと言っているらしいのだ。

 ちなみに移動は、親タイガー亜種の背に乗せてくれるとのことであった。

 それを聞いたマキトは、心なしかワクワクする気持ちを抱いていた。


「分かった、お礼は受け取るよ。それにしてもお前、元気になったんだな」

「ニャア♪」


 マキトが子タイガー亜種の背中を優しく撫でてあげると、子タイガー亜種が嬉しそうにすり寄ってきた。

 親タイガー亜種は少し離れたところで、その姿を不思議そうに見ていた。流石にまだまだ警戒心は抜け切れていないことが見て取れる。

 マキトが子タイガー亜種を撫で続ける中、親タイガー亜種のほうにも視線を向けてみる。言葉は全くかけず、ただジッと見ているだけだ。

 しばしその状態が続いた結果、親タイガー亜種が動き出した。

 ゆっくりとマキトに近づいてきて、吠えることも唸ることもせず、無言でジッとマキトを見ている。その頭を優しく撫でると、親タイガー亜種はくすぐったそうに身をよじり出すのだった。


「……少しは信用してくれたかな?」

「ですねっ♪」


 マキトと魔物たちが楽しそうな雰囲気を出している姿を、セルジオとブレンダが後ろで見守っていた。特にセルジオは、興味深そうに笑っていた。


「なかなか面白い展開になってきたのう。これはもう少し同行せねばな!」

「あのですね、長老様。私たちはこれから王都に……」

「ええい、そんなモノは後で良い! またとないチャンスを逃してなるモノか!」


 問答無用だと言わんばかりにセルジオに押し切られてしまい、ブレンダは深々とため息をつく。もはや何を言っても無駄なのだろうと、心の底から思っていた。


「……後で文句を言われても知りませんよ? 全くもう……」


 ブレンダは一応セルジオに向かって忠告したが、セルジオにその言葉が届いているとは、到底思えなかった。



 ◇ ◇ ◇



 パンナの森は、北にしか出入口がないという認識が圧倒的に強い。

 スフォリア王都から赴く場合、西の街門からそのまま西に向かう途中の分岐点で南に曲がる、以外の道なりが全く存在しないためである。

 地図を広げてみると、東と南側は山に囲まれており、間をすり抜けられるような道はない。一応行けなくはないのだが、王都から道なりに進んだほうが、より確実であることは明らかであった。

 実際、パンナの森に何度も訪れているブレンダでさえも、暗黙上の正規ルートと見なされている北以外から出入りしたことはなかった。

 したがって、出入口は他にも存在していたことを知らなかったのは、無理もない話だと言えなくもないのである。


「とはいえ、隅々まで探索しとらん時点で、不注意という評価は免れんぞ。ましてや何度も出入りしとるんなら、尚更だと言えるな」

「……面目次第もございません」

「そう落ち込むでない。ミッチリ鍛え直せば済む話だからな」

「ど、どうか、なにとぞお手柔らかに……」

「ワシがそうするとでも本気で思っとるのか?」

「…………精進いたします」

「うむ。頑張りたまえ」


 というやり取りを背景音楽のように聞きながら、マキトたちはタイガー亜種親子に連れられて、パンナの森の『西側』の出入口に辿り着いていた。

 マキトたちは全員で、親タイガー亜種の背に乗った。

 ちなみに子タイガー亜種も、マキトが腕に抱える形で一緒に乗っている。長が待っているからと、特別に許されたのであった。

 そして親タイガー亜種が勢いよく走り出した瞬間、セルジオとブレンダは驚愕する。


(な、何だこれは!)


 今まで感じたことのない、凄まじい速度だった。

 馬車の何倍もの速さで草原を駆け巡るその体感は、普通では一生味わえないだろう。それこそこれは、またとない貴重な体験だと、セルジオは思った。

 ブレンダも全く同じことを思いつつ、少しばかり気になることもあった。


「いやっほーっ♪ やっぱりキラータイガーって速いよな!」

「この爽快感はタマらないのですっ♪」


 前にもキラータイガーに乗ったことがあるのかと、ブレンダは勘を働かせる。

 たとえ従えなくとも、友達感覚で仲良くなり、旅の手助けをしてもらったことがあるのだろう。今回みたいに背に乗って、移動距離を稼いでいるように。

 魔物との共存は別に珍しくない。冒険者が魔物と行動をともにすることは、実に良くある話であり、ブレンダ自身にもその経験はある。しかし、野生の魔物とその場で仲良くなるという所業は、流石に一度もしたことなどなかった。

 そもそもそれができそうな人物は、魔物使いであるマキト以外にいるだろうか。少なくともブレンダには、全く想像がつかなかった。


(本当に生きている世界が違うようだな……私と彼らでは……)


 ブレンダは自然と、そう認めていた。そしてそんな彼女の姿を、セルジオが暖かな視線で見守っていることに、気づくことはなかった。


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