第三十七話 大歓迎



 ユグラシアに案内されたマキトたちは現在、森の神殿を見上げていた。

 遥か昔に建てられたのであろう石造り。お城ほどではないものの、一人で暮らすには広すぎるくらいの大きさ。それこそマキトたちのような客人が突然来訪したとしても、余裕で出迎えられるスペースはありそうだ。

 神殿の周囲には、あちこちで野生の魔物たちの姿が見られ、完全にマキトたちを警戒していた。ユグラシア曰く、神殿に客が来るのは物凄く久しぶりであるらしく、無理もない話なのだという。

 もしかしたらこうして三匹の魔物を連れていることも、警戒されている原因の一つなのかもしれない。そうマキトは思った。


「よくぞ無事に帰ってきたな」


 その声にマキトたちが振り向いてみると、そこには老人の妖精がいた。

 ユグラシアが驚きつつ、その表情を引きつらせていたことに、マキトたちは全く気づかなかった。


「長老さま!」

「元気そうだなクーよ。突然いなくなって随分と心配したぞ」

「うぅ、ごめんなさいなのです」


 しょんぼりするラティに、老人の妖精はニッコリと笑う。


「気にするな。悪いのはお前を連れ去ったヤツらじゃ。ところで……」

「長老さま、紹介するのです。わたしがお世話になっているマスターなのです」


 ジロリとマキトのほうを向いた妖精のロズに対し、ラティがすかさず思い出したかのように紹介していった。

 そしてここまで旅をしてきた経緯をかいつまんで話すと、ロズがマキトのほうに飛んでいき、ゆっくりと頭を下げる。


「お初にお目にかかる。ワシは妖精の長老のロズじゃ。クーが随分と世話になったようじゃな」

「俺は魔物使いのマキトだ。世話になってるのは、むしろ俺のほうだと思うよ」

「えへへへへー……もぅ、マスターってば照れるじゃないですかぁ♪」

「しかし!」


 ラティが両手を頬に当てながらクネクネと体をゆらしたところに、ロズのビシッとした声が響き渡る。


「クーを貴様に渡すわけにはいかん! たとえどんなに世話になろうとも、所詮は人間族でしかない。どんな下賤な考えを抱いているか分からんからな!」


 そう言い放つロズは、完全にマキト敵視していた。マキトはなんとなくこうなる予感はしていたため、それなりに驚きはしたものの、特に慌てている様子はない。

 一方のラティは、実に心外だと言わんばかりにロズに噛みついた。


「何を言ってるのですか! マスターはそんな……」

「クーは黙っておれ! 今は大事な話をしているところじゃ!」


 ラティの言葉をロズが容赦なく切り捨てる。

 流石にあんまりだと思ったマキトが物申そうとしたその時、ユグラシアが冷たい視線とともに前に出た。


「ロズ様、私は昨日も言いましたよね? 勝手な行動は断じて許さないと……」

「し、しかしユグラシア様……そやつは人間族なのですぞ! その昔、禁断の魔法を用いて戦争を仕掛け、世界を牛耳ろうとした、実に愚かで嘆かわしい考えを抱く存在であること。まさかお忘れになったわけではございますまい!」

「あのー」


 マキトの間延びした声が聞こえるが、ヒートアップしているロズの耳には届いていないようだ。

 しばらくこの状態が続くのかと思った次の瞬間、ロズは突如テンションを下げ、深いため息をついた。


「……分かっておるつもりじゃ。全ての人間族が悪いわけではないとな。それでもワシは信じ切れんのじゃ」

「もしもーし」

「人間族だけではない。獣人族も魔人族も、ワシ等妖精を狙ってきたことは何度もあった。エルフ族も例外ではない。故にお主らを信用するなど……」

「ちょっとだけこっち向いてくれない?」

「ええい、やかましいわ! 人間族がワシに軽々しく口を挟むと……は……」


 鬼のような形相でマキトのほうを向いたロズは、唖然とした表情に切り替わる。

 いつの間にか大勢の妖精たちが、マキトとアリシアに群がっていたからだ。


「皆もおいでよー! この人間族さん、凄く落ち着くよー!」

「ふにゃー、全身の力が抜けてきちゃうにゃー」

「こっちのおねーさんも優しそうな感じがしていいの♪」

「あー、ずるい、私もー!」


 妖精たちはマキトやアリシアにベッタリと引っつき、楽しそうにはしゃいでいる。そしてその対象は、スラキチやロップルにも反映していた。


「見て見てー、この子すっごいプヨプヨしてるよー」

「なにこのモフモフ感……クセになるぅ♪」


 されるがままとなっている二匹は、居心地が悪そうな表情でジッとしていた。それはマキトやアリシアも同じであった。

 ラティもマキトにくっ付きたそうにしていたが、他の妖精たちにお帰りと言われながら抱き着かれており、スラキチたちと同様に動けないでいた。


「お、お前たち何故ここに?」

「クーちゃんが帰ってくるって聞いたので来ちゃいました♪」

「ついでに偵察もかねて、悪い人間族だったら懲らしめてやろうかと思って」

「でもなんだかそれも必要なさそうですね。良い人っぽいですから」


 妖精たちがそう言いながら、飽きる様子を見せずにマキトたちに群がっている。

 警戒している様子は全然見られず、むしろマキトを訝しげに見ているのはロズだけとなっていた。

 ロズは目の前の光景が、どうしても信じられないでいた。

 ヒトに対して激しく警戒する、それが妖精という生き物ではないのか。むしろ自分の考え方が普通ではなかったとでも言うのか。

 そんなワケがない。現にさっきだって、一匹の妖精が悪い人間族かどうかを判断することを言っていたではないか。なのに目の前の光景を見ていると、そんな声すらも幻聴だったのではないかと思えてくる。


(よくよく見ると、あのエルフ族の娘には、それほど群がってはおらんな。やはり皆が興味を注がれておるのは……)


 間違いなくマキトであるとロズは思っていた。目に見えて明らかだったからだ。

 マキトは地べたに座り込み、妖精たちとじゃれ合っている。アリシアも同じようにはしているが、やはりどこか戸惑いがあるのか、完全なる苦笑い状態であった。

 何人かの妖精たちは、興味の赴くままにマキトに話しかけており、マキトは質問攻めに少々困った表情を浮かべていた。それだけでなく、人懐っこくない妖精でも、無言でマキトの体をペタペタと触って確かめている姿が見られた。

 更にはマキトの頭の上に乗り、ベタッとうつ伏せで気持ち良さそうに目を線のように閉じる妖精もいた。それを見たロップルが、そこは僕の場所だと言わんばかりに叫びながらよじ登り、マキトの頭の上で妖精とフェアリー・シップのケンカが始まった。

 もっともそのケンカは、マキトとラティによってすぐに収まったが。


「うぉー、すっげーなーっ!」

「スラキチちゃん、もっと見せてー♪」


 別方向から妖精たちの声が聞こえてきた。スラキチが炎の技を披露しているのだ。

 完全なる見世物状態だったが、妖精たちの評判も上々で、スラキチもどうだ凄いだろうと言わんばかりに、得意げな笑みを浮かべている。

 あっちはあっちで楽しくやっておるようだと思いつつ、ロズは改めて、マキトに対して疑問を抱く。


(これだけの妖精を見れば、何かしらの邪な願いがにじみ出てもおかしくない。じゃがこの少年からは、そのようなモノが全くと言って良いほど感じられん。あの笑顔は間違いなく、純粋に妖精たちと遊ぶことを楽しんでおる笑顔じゃ)


 しかもその笑顔は、決して作っている様子はない。本当に自然に出ているモノだと、ロズは解釈する。

 ヒトはこんなにも明るく、そして輝かしい笑顔をするというのか。ロズの中で認識が変わりつつあった。

 ふとロズがユグラシアを見てみると、彼女もまた、驚きで言葉を失っていた。

 恐らく自分と似たような理由で驚いているのだろうと思った。


(ううむ、この少年……一体何者だというのじゃ?)


 ロズはマキトを凝視するが、答えが見えてくる兆しすらないのであった。



 ◇ ◇ ◇



「ふーん。じゃあクーちゃんの今の名前は、ラティって言うんだね」

「そうなのです。マスターが付けてくれた大切な名前なのです!」


 ラティが神殿の中庭で、妖精たちと楽しそうに話している。

 ロズに促されて妖精の大半が泉に帰ったことから、さっきまでの賑やかさはもう殆どなかった。

 ちなみにスラキチとロップルは、客間のソファーでグッスリと眠っている。

 たくさんの妖精たちを相手にして疲れたらしい。

 神殿の客間から、マキトはユグラシアの淹れた紅茶を片手に、外のラティたちの光景を微笑ましそうに見守っていた。

 この場にはユグラシアとロズとアリシアもいるのだが、三人の話は全くといって良いほど耳に入ってこなかった。


「ねぇ、マキトくん。神族という種族について、どのくらい知っているかしら?」

「ぶっちゃけ全然知らないですね」


 間髪入れずマキトが答える。言葉に一切の感情が込められておらず、視線を向けていない点からしても、心の底から興味がないと言わんばかりであった。

 態度的にも流石によろしくないとアリシアが思ったその時、ロズの怒りに満ちた表情が目に留まった。


「キサマというヤツは! ユグラシア様に向かってなんたる態度を……」

「構いませんよ。そんなに怒るほどのことでもないでしょう?」

「し、しかしですな……」


 ユグラシアの冷静なる制止に、ロズの怒りはせき止められてしまう。

 彼女の黙って紅茶を飲む姿からしても、言葉どおりに受け取っていいことがよく分かる。ロズはもはや、怒るに怒れなくなってしまった。

 もう一口落ち着いた様子で紅茶を喉に流し込み、ユグラシアはマキトを見る。


「できれば聞いてくれると嬉しいわ。これは異世界召喚に関わる話でもあるから」

「異世界召喚に?」

「えぇ」


 マキトが視線を向けてきたのを見て、ユグラシアはカップをテーブルに置いた。


「その話をするためにも、まずは神族について話させてもらうわね」


 語り出したユグラシアの声にマキトたちが耳を傾ける。

 神族というのは、最初にこの世界を創った、もしくは初めて降り立った者たちの末裔のことであり、元々は人間族だった。

 一説にはマキトと同じく、異世界からやってきたと言われているが、真相は定かではないとのこと。

 もしそれが本当だとすれば、ユグラシアの外見が人間族と全く見分けがつかないことにも納得できる。そう思いながら、マキトは話の続きを聞いた。


「ちなみに、異世界召喚魔法ってあるでしょ? アレも神族が生み出したのよ」

「えっ、そうなんですか? あの禁忌と呼ばれている魔法を?」


 今度はアリシアが反応してきた。そしてアリシアのとある言葉に、今度はマキトが反応を見せる。


「異世界召喚魔法って、禁忌扱いなのか?」

「詳しいことはよく知らないけどね。……マキトは知らなかったんだ?」

「うん。じいちゃんもそこまでは言ってなかったし」


 そしてマキトとアリシアは、再びユグラシアに注目する。


「神族が生み出した異世界召喚魔法は、代々人間族の王家に伝えられていったの。もしかしたら、他の種族との差を埋めてあげたかったのかもしれないわね」


 でもそれは間違いだったかもしれないと、ユグラシアは真剣な表情で言う。

 必ず伴う莫大過ぎる犠牲に加え、これまでの結果はずっと、人間族の国王が他国の上に立つという、悪い欲望を満たす以外になかった。

 異世界召喚魔法は、特別な儀式を執り行うことによって発動できる。

 儀式に必要とするのは莫大な魔力、そして王家の媒体……つまり、王族一人の命そのものである。魔力もただ用意すればいいというワケではなく、儀式中に上手く魔力を操れる、それ相応の腕を持つ魔導師が必要なのだ。

 早い話が魔力というのは、魔導師の命といっても差し支えない。全ての魔力を急激に失った場合、その反動で死に至る確率が極めて高いのだ。

 要するに異世界召喚儀式というのは、大量の犠牲を必要とする儀式であり、成功する確率は決して高くない。ムダに命を散らせただけという結果も、非常に多かったのだ。


「なんてゆーか……そこまでする必要ってあったのかな?」


 予想外の壮絶さに驚きつつ疑問を浮かべるマキトに、ユグラシアは小さく笑った。


「当時はあったのよ。激しい戦争で国が生きるか死ぬかの瀬戸際だったからね」

「人間族は他の種族に比べると、やはり何かしらで劣る傾向が高い。そんなことを聞いた記憶もありますけど……」


 ギルドなどで、人間族に対して陰口を叩く冒険者を何度か見てきた。それを思い出しながら話すアリシアに、ユグラシアは頷きを返す。


「えぇ。だから当時、人間族にとって異世界召喚は、必要不可欠な存在だった。最初は多くの犠牲を出すことに皆が涙したとも言われているわ。しかし……」

「生きるための犠牲なのだから仕方がない。むしろ当然のことであると、誰もが思うようになってきたわけですな?」


 ロズの言葉に、ユグラシアはコクリと頷く。


「だからこそ戦争が終結すると同時に、異世界召喚魔法は禁忌として扱われ、封印されるまでに至ったのだけど……」


 思わせぶりに言葉を止め、そしてユグラシアは目を閉じる。


「数ヶ月前にシュトル王国で、異世界召喚魔法と同じくらいの強い魔力反応があった。しかしその場所は、明らかに王都から遠く離れた山奥……そして儀式が執り行われる動きも気配すらもなかった……」


 ユグラシアはジッとマキトのほうを見る。その意味を察したロズが、目を大きく見開いた。


「そんなバカな……お主は違う世界から来たというのか!?」

「まーね。実際どうして来ちゃったのかは、全然分からないんだけどな」


 別に誤魔化しているのではない。本当にそうとしか言いようがないのだ。普通に自室のベッドで寝て、起きたらそこは違う世界だったのだから。

 確かに最初は疑問にも思っていたが、今はもう殆ど興味がなくなっている。そんなことよりも、次はどんな旅が待っているのかが気になって仕方がない。

 それが自分の本心であり、改めて考えてみても、やはり気持ちは変わってないのだとマキトは思った。


「少なくとも、誰かがマキトくんを召喚した可能性は、殆どあり得ないでしょう。何せ召喚儀式の方法自体、現在は王家でも伝えられてないハズですから」

「まぁ、禁忌とされている以上、それも当然でしょうね」


 ユグラシアの意見にアリシアが頷く。次に口を開いたのはロズであった。


「うむ……じゃが、それならそれで疑問が残る。一つお尋ねしますが、召喚儀式もなしに別世界から召喚することは……果たして可能ですかな?」


 ロズが問いかけると、ユグラシアは首をゆっくりと横に振った。


「それこそあり得ない話です。私も長いこと生きておりますが、そのような事例はありませんでした」

「ふーむ、もし本当に少年が別の世界から訪れたならば、そこには必ず何かしらのワケがあると思われますが……」

「私も同感です。恐らくマキトくんには、自分自身でも知らない何かがある。旅を続けていくことによって、それが分かるときが来るかもしれませんね」


 ユグラシアが頷きながら笑みを浮かべる。するとマキトの表情が、気乗りしなさそうなそれとなっていた。


「別に俺、召喚された理由を探すつもりなんて、全くないんですけど……」

「それならそれで良いと思うわ。物事の考えは人それぞれだもの」


 ユグラシアとマキトの様子を見ていたアリシアは、まるで親子の会話を見ているみたいだと、微笑ましく思っていた。

 ラティたち妖精が客間に飛んできたのは、ちょうどその時であった。


「マスターっ。もうお話って終わりましたか?」


 ラティに呼びかけられたマキトはユグラシアを見ると、ユグラシアは肯定の意味を込めて頷いた。

 どうかしたのかと尋ねると、ラティが自分が変身できることを話し、実際にその姿を披露したいらしい。

 それを聞いたマキトは穏やかな笑みを浮かべた。


「別に良いんじゃないか? 数秒くらいなら大丈夫だろうし」

「あ、いえ、もう試してみたのですけど、何故かできなかったのです」


 ラティの言葉にマキトは苦笑する。


「試してたのか……まぁそれは良いとしても、なんでだろうな? 前はちゃんと、変身できてたろ?」

「えぇ。本当に不思議なのです……って、長老さま?」


 ロズが目を見開いて戸惑っていることに気づき、マキトも急にどうしたんだろうと言わんばかりに首を傾げる。

 するとロズは、カラカラの喉から絞り出すような声色で問いかける。


「変身ってどういうことじゃ? 済まんが、ちとワシにも説明してくれんかの?」


 ロズの表情に疑問を抱きつつも、マキトとラティはシュトル王国で起こった出来事、そしてサントノ王国でジャクレンから聞いた内容のあらましをロズに話した。

 その一部始終を聞いたロズの表情は、更なる驚きと混乱に満ちていた。


「ト、トランス能力じゃと? そんなモノはワシですら知らんぞい!」


 ロズの叫びに、妖精たちの間でどよめきが走る。長老様でも知らないだなんて、一体どういうことだろうと。

 そして、マキトとラティに向けられる妖精たちの視線は、興味から一気に、疑惑のそれに切り替わっていくのだった。


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