第三十八話 トランス能力を披露しよう



「長老さま、本当に知らないのですか?」

「むしろ知っておれば、こんなふうに驚いておらんわ!」


 そんなロズのツッコミに対し、まぁ言われてみればそうだよなとマキトは思った。

 しかし、これで完全に当てが外れてしまったとも言える。

 トランス能力の欠点である、持続時間の短さと使用後に気を失ってしまう現象。これをどうにかしたいとマキトもラティも思っていた。

 妖精の長老さまならきっと知っている。ラティはそう思っており、マキトも期待していたのだが、まさか長老でさえ知らない能力だったとは、完全に予想外だった。


(このじいちゃんが知らないんなら、他の妖精たちも知らないだろうな)


 そう思いながらマキトがため息をつくと、妖精たちが疑いを込めた声色で話しているのが聞こえてきた。


「ねぇ、本当に変身できるの? デタラメ言ってたりするんじゃない?」

「流石に信じられないよ……クーちゃんには悪いけど……」


 妖精たちは陰口に加え、マキトやラティから距離を置いているようにも見えた。

 そう思われても無理はないと思う反面、マキトはラティがウソつき呼ばわりされることに憤りを感じた。

 変身できるのは本当であり、この数ヶ月間旅をしながら、自分たちなりに特訓を積み重ね、どうにか形になるところまでは来たのだ。

 少なからず頑張ってきたんだという自負がある以上、このまま誤解されっぱなしにしておくのは凄く嫌だと、マキトは思った。

 その気持ちはラティも同じであり、ムッとした表情を浮かべながらマキトを見る。


「マスター」


 その一言に、マキトは強い笑みを浮かべて頷き返した。


「ラティ。数秒だけなら大丈夫なハズだ。本当だってことを見せてやろうぜ」

「ハイなのです!」


 そしてラティは深呼吸をしつつ、スッと目を閉じる。そんなラティに向けて、マキトは表情を引き締めつつ、右手を伸ばした。

 その次の瞬間、森に漂う魔力が集まってきた。

 膨大な魔力がラティの体を包み込み、同時に眩い光が迸る。その光がラティの姿形をみるみると大きく変えていった。

 そして光が収まると、美しい大人の女性の姿となったラティが、目の前に君臨していたのだった。


「おぉ……これは、なんということじゃ!」


 手をブルブルと震わせながら、ロズはラティが変身した姿を見上げる。

 それはもはや同じ妖精とは思えなかった。ヒトとは違う、全く別の存在。少なくともロズはそう感じていた。

 他の妖精たちは顔を真っ赤にして、完全に言葉を失っていた。

 ウソではなかった。変身できるというのは本当だった。しかしこんなに凄い光景とは思わなかった。もはや凄すぎて他の言葉が思い浮かばないくらいに。

 そしてユグラシアもまた、ラティの変身に驚きを隠せない。

 てっきり妖精本来の姿のまま、外見が少しだけ変わるモノだと思っていたのだ。まさかここまでヒトと同じような姿になり、なおかつ声まで大人っぽくなるとは、予想外にもほどがあった。

 そんな面々の光景を見て、マキトはひとまず満足した。

 少なくともラティがウソをついていないことは、ちゃんと証明されたのだから。

 マキトはそろそろ変身を解除させるべくラティのほうを向くと、ラティは何故か魔力を溜めだしていた。


「これが私の変身した姿なのです。まだまだこんなモノじゃないのですよ!」


 ラティはそう言いながら、溜めた魔力を放出させ、その凄まじさが披露される。更に強い魔力弾を生成しては空に打ち上げ、花火のように散らせてみせた。

 それも確かに凄かったのだが、なにより声まで完全に変わっていることに、妖精たちは驚いていた。一部の妖精の女子たちは、頬を染めてウットリとした表情を浮かべていたのだが、誰もそんなことを気にする余裕はなかった。

 ロズは完全に言葉を失っていた。それでもこの状況に対して、なんとか問わねばなるまいと思い、首だけを動かしてマキトのほうを見る。

 するとマキトの表情が、焦りに満ちていることに気づいた。


「少年よ、一体どうしたと……」

「お、おいラティ! そろそろ変身を解除しろって! このままじゃまた……」


 さっきとは打って変わって、マキトは完全に余裕をなくした声で叫ぶ。

 一体どうしたんだろうと妖精たちが疑問に思っているところに、ラティが自信満々な笑みを浮かべながら言った。


「大丈夫なのですよマスター! 今日はなんだか調子が……あっ!」


 更に強い魔力弾を放とうとしたところで、再びラティの体が強く光り出した。

 ラティの姿がみるみる小さくなり、元の妖精のサイズとなる。そしてそのまま意識を失って倒れてしまった。


「クーちゃんっ!」

「あぁもう、だから言わんこっちゃない!」


 マキトが急いで駆け寄り、ラティを優しく抱き上げる。他の妖精たちも、泣きそうな表情で近づいてきた。


「ね、ねぇ……クーちゃんはどうなったの?」

「大丈夫。ただ眠ってるだけだ。しばらくすれば目を覚ますよ」


 マキトの言葉に、妖精たちは安心した表情を浮かべる。そして何人かの妖精たちは、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


「疑ってごめんなさい。クーちゃんが言っていたことは本当だったんですね」

「私も……さっきちゃんと信じなかったから……」


 しょんぼりする妖精たちに、マキトは笑顔を見せる。


「いいよ。本当だってことは分かってもらえたんだ。目が覚めたら、一言謝ってやってくれ。そうすればきっと許してくれるよ」


 その言葉に妖精たちも安心したのか、少しだけ笑顔を取り戻していた。それでもやはり心配なのは変わらず、ラティを労る声は途切れない。

 程なくしてラティは目覚める。今回はそれほど力を酷使していなかったため、少ない負担で済んだようだ。

 妖精たちが疑ったことに対してラティに謝る。するとラティは、別に気にしてないのでいいのですと、笑顔を向けるのだった。

 無事、気まずさを残さずに済んだことに安心しつつも、ロズはさっきの出来事について考えてみる。


(今のがトランス能力……確かに凄まじい魔力を感じたわい。しかしまさか、ワシでさえ知らぬ能力が存在しておったとはな……まだまだ妖精という存在に、様々な可能性があるということか? その一つを引き出したのがクー、そしてなによりも……)


 ロズは感慨深そうに目を細め、再び妖精たちとじゃれ合うマキトを見る。

 長年かけて積み重ねてきた考え方が、一気に打ち砕かれたような気分であった。歴史が一つ変わったといっても過言ではないかもしれない。

 異世界からやってきた少年、妖精と魔物使いの出会い。この二つが交わり、トランス能力が開花したのか。それとも他に、別の何かがあったのか。

 色々考えてみたロズは、一つの結論に辿り着く。いずれにせよ、ちゃんと調べてみる必要があると。


(これまでに読んできた資料にも、トランス能力に関する内容は一切なかった。しかしそれを暗示する何かが、もしかしたら眠っておるかもしれん。改めて見直してみる価値はありそうじゃな)


 そう考えたロズは、ユグラシアの元へ飛んでいく。


「ユグラシア様。ワシはそろそろ泉へ戻ります。ちょっとした用事もありますからな」

「そうですか。お気をつけて」

「お前たちも遅くならんうちに、早めに帰ってくるんじゃぞ」

『はーい♪』


 妖精たちの元気のいい返事を聞いた後、ロズはマキトのほうを向く。そして妙に真剣な表情とを浮かべ、マキトに告げた。


「少年よ。クーのことを、よろしく頼みましたぞ」

「え、それって……」


 ラティを連れて行って良いのか。そう尋ねようとする前に、ロズが小さなため息とともに言う。


「クーが少年と一緒に行きたがっておることぐらい、様子を見ておればすぐに分かるというモノじゃ……そしてクーよ!」

「え、あ、はいっ!?」


 突如呼びかけられたことで、思わずラティは驚いてしまう。しかしロズは厳しい表情のまま、淡々と告げた。


「もうあの泉にお前の居場所はないと思え。少年と一緒に行くからには、それぐらいの覚悟を持ち、己の信念を貫くことじゃ」


 そしてロズは、そのまま森に向かって飛んでいく。ラティは呆然としていたが、すぐにしっかりとした笑みに切り替わり、そして思いっきり叫んだ。


「長老さまーっ! どうもありがとうなのですーっ!」


 その声にロズは小さな笑みを浮かべつつ、決して振り返らぬまま、森の奥へと消えていった。

 良かったねー、また遊びに来てね、と妖精たちが嬉しそうにラティに群がる。

 スラキチとロップルを抱きかかえつつ、マキトとアリシアがその光景を見守っているところに、ユグラシアがゆっくりと歩いてきた。


「マキトくん。私からもお願いします。クーちゃんを……いえ、ラティをどうか、大切にしてあげてくださいね」


 ユグラシアがお辞儀をしながらマキトに言った。マキトはそれに対して――――


「勿論です。任せてください!」


 強い笑みを浮かべ、しっかりと頷きながら断言するのだった。



 ◇ ◇ ◇



 ロズは妖精の泉に帰るべく、森の中を移動していた。

 長年暮らしている場所なだけであって、迷いの森となっていても、自分がどこを進んでいるかぐらいは分かる。おまけに羽根を使って飛んでいるため、道があろうがなかろうが関係ないというのも大きい。

 道なき道をふよふよと飛びながら、ロズは思う。


(久々に見たクーは、随分と見違えておった。少年と旅をした数ヶ月間というのが、それほど大きかったということじゃろう。そしてワシの目は、随分と曇り切ってしもうたようじゃな)


 マキトが自分たち妖精に危害を加えるような存在かどうか。それはラティがマキトに懐いている様子を見れば、そして大勢の妖精たちが、マキトに楽しそうに群がる様子を見れば、考えるまでもないことだった。

 いかに自分が凝り固まっている考えをしていたのか、閉じこもった生活を送ってきていたのか。それを今日、改めて思い知らされたとロズは思っていた。


「やれやれ……本当に騒がしい一日となったモノじゃわい……なんじゃ? 泉のほうが騒がしいようじゃが……」


 泉のある洞窟に戻ってきたロズは、いつもは聞こえてこない妖精たちの声が、何故か良く聞こえてくることに気づいた。

 それも明らかに不安と焦りの混じった叫び。何かただならぬことが起きていると察したロズは、急いで洞窟を抜け、泉に戻っていった。

 そこで見た光景に、ロズは目を見開き、手をブルブルと震わせた。


「な、これは……一体?」


 泉の中央に、大きな岩の柱が出現していた。それは確かに出かけるまでにはなかったハズのモノであった。

 妖精たちはその柱を見て怯えている。そのうちの一匹がロズの存在に気づき、涙ぐみながら飛んでいく。


「長老様っ!」


 叫びながら抱き着き、ロズはその妖精を受け止める。

 一体ここで何があったのか、泉に残っていた妖精たちから話を聞き、そして岩の柱を再度見上げる。


「ふむ……要するにあの巨大な岩の柱は、ついさっき突然浮かび上がってきたと、そういうことじゃな?」


 ロズの問いかけに妖精たちは頷く。

 本当に何の前触れもなくこのような状態となった。そこだけで見れば確かに気味が悪いと言えるが、それ以上にロズは、今の光景のほうが妙にしっくり来ているような気がしていた。

 まるで最初から、岩の柱が存在しているのが当たり前であるかのように。


(あの柱からは確かな魔力も感じるし、まるで小さな祭壇のようじゃ。突然浮かび上がってきたというのも、何か理由があるように思えるが……まさか!)


 ロズの頭の中に浮かんできたのは、一人のバンダナをまいた少年の姿だった。

 タイミングからしても、無関係ではないような気がした。異世界から来たということならば、今回のような不思議な出来事が起こるのも、ある意味納得はできる。

 そしてもう一つ、思い当たる要素があった。


(クーの変身。これも可能性としては大きいじゃろうな。トランス能力を発動した際、物凄い魔力の動きがあった。それがこの状態を作り出したのだとすれば……)


 考えられる可能性が二つに絞れた。そうなれば、ロズの次の考えもすぐに決まる。


「お前たち、神殿への使いを頼まれてくれ!」


 近くにいた妖精たちに、ロズが命じた。

 泉に異変が起きていることを、神殿にいるユグラシアに伝えること。そして、そこにいる人間族の少年とラティ(クー)を、この泉へ連れてくること。

 その際、連れてくるのは少年とラティ(クー)のみに留めるよう注意し、ロズは妖精たちに急がせた。

 クーが帰って来ていることに驚いた妖精たちに、後でちゃんと話してやることを約束した上で。


「一体アレは……何だというのじゃ?」


 岩の柱を見上げながら、ロズが険しい表情で呟くのだった。


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