第三十話 助太刀致す!
「オホホホホホホホホ…………アーッハッハッハッ!」
禍々しい魔力に支配されたシルヴィアは、見事なまでに暴走していた。
狂ったように笑い叫びながら、黒い魔力の塊を変幻自在に操り、容赦なくマキトたちに繰り出す。逃げ回って躱したり、防御強化で防いだり、ナイフなどの武器を投げて相殺したりもした。
おかげで直撃による致命傷は避けられていたが、打開策がまるで見つからない事実は変わらないでいた。
アリシアが魔法を放っても、まるで効果が見られない。ジルの場合、シーフということもあって、そもそも攻撃は専門外であり、攻撃を相殺するのが精いっぱいであった。
一方スラキチの炎は、それなりの効果が見られた。恐らく魔法でないためだろうと予想されたが、それでも倒すには程遠い。
より強力な炎を放つには、それなりの時間を必要とするのだが、シルヴィアがその隙を与えてくれるハズがなかった。
このままでは絶対に勝てない。マキトたちの中にそんな焦りが見え始めていた。
「マスター! こうなったらアレしかないのです!」
「……やるしかないのか?」
マキトの脳裏に思い浮かんだのは、つい最近ようやく形になった戦法であった。
だが、あくまでまだ『形になっただけ』に過ぎない、いわば未完成状態だ。発動すればそれ相応のリスクも伴う。例えここぞというときであっても、できれば使いたくないというのがマキトの本音であった。
しかし今の状況を見る限り、流石にやむを得ないという気持ちもあった。
「ラティ! たの……クッ!」
マキトが頼むと声をかけようとしたその瞬間、強い風が吹き荒れる。砂埃のせいで、完全に発動のタイミングを失った。
シルヴィアの掲げた右手に、魔力が急速に集まっていく。それはやがて、大きな黒い球体の塊として生成されるのだった。
「オネエサマに、ワタクシの愛を……っ!」
アリシアに向かって、シルヴィアが黒い魔力の塊が投げつける。完全に隙を突かれた形となり、ロップルの防御強化も間に合いそうにない。
その瞬間、森の中から大きな魔力弾が飛んできた。それは黒い魔力の塊とぶつかり、激しい火花をバチバチと散らせ、やがて大爆発を起こした。
「な、なんだ……うっ、うわあぁぁーっ!?」
マキトたちが爆風によって、少しだけ後方に吹き飛ばされる。それでも致命傷に至らず、助かったという気持ちのほうが強かった。
腰をさすりながらジルが起き上がると、森の中から見知った二人が姿を現していることに気がついた。
「ラッセル!? それにオリヴァーも……」
ジルがそう叫ぶと、二人は武器を掲げながらチラリと振り返る。
「遅くなって済まない! 後は俺たちに任せて……って、どうして彼らが?」
「なんちゅう偶然だ。まるで神様が巡りあわせたみてぇだな」
マキトたちがこの場にいることに、ラッセルは驚いて目を見開き、オリヴァーは面白おかしそうに笑い出した。
何故こんなところにいるのかを問い詰めたかったが、残念ながら今はそれどころではなかった。まず一番に言うべきことは、既にラッセルの中では決まっていた。
「ジル! 彼と魔物たちを連れて下がってくれ! ここから先は俺たちがやる!」
「あいあいさーっ!」
返事とともにジルは素早く動き出す。ロップルとスラキチを回収しつつ、マキトとラティに目で合図を送る。二人は慌てて後ろに下がり、ジルとともにラッセルたちの戦いを後ろから見守る形をとった。
ちなみにアリシアはというと、完全に下がってはおらず、ラッセルたちのすぐ後ろで杖を構えていた。後方で魔法によるサポートを行うつもりなのだ。
シルヴィアが忌々しそうな表情とともに動き出す。
やや小さめの黒い魔力弾が放たれるが、ラッセルの剣から生み出された魔力弾に相殺された。そしてラッセルは、剣を構えて一気に踏み込んでいく。その刃には炎が渦上に纏われており、切り付ける度に炎の勢いが増していくように見えていた。
それを見たマキトは、ポカンと口を開けて驚いていた。
「剣に魔法が? ただの剣士じゃないのか?」
「ラッセルは魔法剣士という適性を持っているんだよ。その名のとおり、剣に魔法を宿らせて相手に攻撃するというのが、アイツの基本戦術なんだ」
マキトの疑問にジルが答える。へぇーと生返事同然に呟きながら、マキトは二人の戦いに夢中となっていた。
「ちなみにあの獣人族の大男はオリヴァーと言って、魔力を持たない普通の剣士でございます。まぁ、力で勝負したら、大抵の人は勝てないだろうけど。ぶっちゃけラッセルぐらいじゃないかな、アイツに勝てるとしたら……」
苦笑しながら説明するジルに、マキトはどうしても聞きたいことがあった。
「普通の剣士ってのは、魔法を剣で真っ二つに切れたりするもんなのか?」
オリヴァーが雄叫びを上げながら、シルヴィアの魔力弾を次々と切っていく。柔らかいスポンジでも切っているような光景であり、もしかしたら誰にでもできるのでは、とすら思えてくる。
しかしよく見ると、ラッセルの場合は魔力を宿した剣で弾き返しているのが殆どであり、オリヴァーのように見事な真っ二つにはできていない。やはりオリヴァーが特殊なのではとしか思えなかった。
「うーん……他の人たちはまず無理だーって嘆いてたりしてるね」
そんなジルの答えに、マキトの表情が引きつり出す。
「ってことは、相当凄いってことになるんじゃ?」
「まぁ、そういうことになるかもね。むしろ特殊みたいな感じ? けれど本人も、普段から相当努力してきたことは確かだよ。昔から体鍛えることしか考えてなかったくらいだからね。まぁそれは、今もだったりするんだけどさ……」
ジルの視線の先には、どこか楽しそうに魔力弾を片っ端から切り裂くオリヴァーの姿があった。体力が尽きる様子も全く見られない。
やはりどう見ても普通とは思えず、マキトは身震いしてしまう。確かに正面から戦っても、オリヴァーに勝つのは容易ではないだろう。
かといって、不意打ちも効果がないだろうと思っていた。不意打ちの対策は、冒険者の基本の一つだと聞いたことがあるからだ。
「どうか落ち着いてくださいシルヴィア様! 第二王女であるアナタが、そのようなお姿を見せてはなりません!」
「オネエサマとワタクシのジャマは……許しませんワァッ!」
なんとか説得しようと声を荒げるラッセルであったが、シルヴィアは全くもって聞く耳を持たず、うざったそうに怒りを込め、黒い魔力の塊を投げつける。
素早い身のこなしで躱しつつ、改めてシルヴィアを見据える。鎮めるどころか、逆に怒らせただけとなり、ラッセルは悔しそうに表情を歪ませた。
「ムダだラッセル! すっかり正気を失っちまってることぐらい分かるだろう!」
「こうなったら力づくで押さえるしかないか……オリヴァー、合わせろ!」
「了解!」
ラッセルとオリヴァーが、二人同時にシルヴィア目掛けて走り出す。
黒い魔力の塊がたくさん生成されて降り注がれるが、二人はそれを力づくで全て蹴散らしていく。それは止まるどころか、更に勢いが増していった。
シルヴィアの中に焦りが生まれ、黒い魔力の勢いに乱れが生じてくる。ほんのわずかな誤差に過ぎなかったが、二人はそのチャンスを見逃さなかった。
「うおおおりゃあぁぁーーーっ!」
オリヴァーの拳が、シルヴィアのみぞおちにズドンとめり込ませ、そのまま後方へ吹き飛ばす。派手に地面を転がっていき、やがて止まると、シルヴィアは倒れた状態のままピクピクしていた。
周囲に浮かぶ黒い魔力も、行き場を失ったかのように分散していく。それをラッセルが魔法剣で次々と切り裂いていき、跡形もなく消失させていった。
ようやく静けさが戻った広場の片隅で、マキトは口を開けて呆然としていた。
「すげぇな……マジで倒しちまったぞ?」
「これがあの二人の凄いところだよ。とはいっても、お姫様がアリシアに注目してくれていたから、割と隙ができやすかったのも幸いだったかもね」
オリヴァーがアリシアに、お疲れさんと労いの言葉をかけていた。黒い魔力のほうもそれなりに落ち着いたらしく、ラッセルもアリシアの元へ駆け寄った。
ホッと一息ついたマキトが足元を見ると、スラキチが唸り声を上げながら、ある一点を見据えていた。
スラキチの視線の先には――――
「マダ……ですわヨ……!」
地の底から絞り出したかのような低い声を出しながら、シルヴィアは必死に両手をついて、起き上がろうとしている。
おぞましいという言葉が実に良く当てはまる姿に、一同は更なる戦慄を覚えた。
マキトはヒッと喉を鳴らし、アリシアやジルは驚きで上手く声が出せない。ラッセルとオリヴァーは歯を食いしばりつつ、再び剣を構え出す。
「なんつーネチっこいお姫様だ……いい加減諦めてくれねぇかな、ったくよぉ!」
オリヴァーの呟きが聞こえたシルヴィアは、忌々しそうに睨みつける。
「諦めませんわよ……えぇ、ぜぇったいに諦めませんとも! 愛しきオネエサマがワタクシのモノにならないのであれば……一緒にあの世で永久のアイをおぉっ!」
叫ぶと同時に、シルヴィアの周囲を再び黒い魔力が暴風並みに吹き溢れる。
ラッセルが駆除したことで魔力の量は減っているハズなのに、むしろ増えているような気がしてならなかった。
「まだこんな力を……ぐわあぁーっ!」
「オリヴァー!」
魔力の入り混じった暴風が、オリヴァーをいとも簡単に吹き飛ばす。そのまま後ろの大木に強く叩きつけられ、意識を失ってしまう。
ラッセルはなんとか吹き飛ばされないよう踏ん張りながら、目の前で叫び続けているシルヴィアに向かって荒げた声を出した。
「これ以上は危険です! お気を確かに保ちください! シルヴィア様っ!」
「ウルサアアァァァーーーーイッ!」
ラッセルに暴風がピンポイントで襲いかかり、成す術もなく吹き飛ばされる。地面を転がり、体勢を立て直そうとしたその瞬間――――
「があっ!?」
ラッセルが右腕を押さえながら、苦悶の表情で叫ぶ。どうやら酷く痛めてしまったらしく、もはや満足に剣を握れなくなっていた。
「そんな……」
絶望に満ちた表情で、ジルがその場に崩れ落ちる。
暴走したシルヴィアとまともに戦える者は、もうこの場にいない。頼れる二人が立て続けに倒れてしまったので、自然とそう思えてしまい、涙が溢れてきた。
一方でアリシアは覚悟を決めていた。彼女の狙いはあくまで自分のハズだから、自分が犠牲にさえなれば、他の皆は助かるだろうと思ったのだ。
もはや一刻の猶予もない。早く彼女の元へ行かなくてはと、アリシアが杖を握り締め、いざ歩き出そうとしたその時、既に目の前に躍り出ている人影があった。
「マスター!」
「あぁ、こうなったらやるしかない!」
ラティとマキトの声が広場中に響き渡る。二人が前に躍り出ており、表情を引き締めてシルヴィアを見据えていた。
アリシアもジルも、そしてラッセルも、一体何をするつもりだと問い詰めようとしたその時だった。
「行くぞ、ラティ!」
「なのですっ!」
マキトがラティに手をかざすと、そこから眩い光が迸り、瞬く間にラティを包み込んでいった。
「こ、これは!?」
急激に訪れた神々しい光景に、ラッセルが驚きの一言を発する。アリシアとジルは、完全に言葉を失っていた。
光が晴れると、小さな可愛らしい妖精のラティが、魅力溢れる大人の女性へと変化を遂げていた。おまけに見事過ぎるほどのナイスバディであり、彼女は本当にラティなのかと、声を大にして尋ねたいくらいであった。
「これ以上の好き勝手はさせないのです。ここから先は私が相手なのですっ!」
変身したラティが、シルヴィアに向かってビシッと指を突き出した。
アリシアとジルとラッセルは、そのあまりの光景に、口をあんぐりと開けて絶句するのだった。
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