16 シグナル


   ◆◆◆


 「ほら。可愛いよ」


 なるべく明るい声で言って、“ワタシ”はスミに手鏡を渡した。恐る恐るといった様子で、スミが鏡を覗き込む。


 ――スミもさー。オシャレとか、もうちょい頑張りなよ。


 ミナミから指摘されても、スミはあまり身なりを変えようとはしなかった。


 ――人は見た目じゃないから。


 スミは主張を譲らない。頑ななスミにもどかしくなる。


 ――そんなことは分かってるよ。


 学校の帰り。道すがら“ワタシ”はスミを説得した。


 そんなことみんな分かってる。

 中身が大事なんでしょ。

 その中身の一番外側が見た目なんだよ。

 延長線なの。

 繋がってるんだよ。どっちも。

 どっちかだけ大事にすればいいとかじゃなくて。

 第一印象って大事でしょ。

 初めましての挨拶って、すごく大事。

 見た目を大事にしないって、挨拶で失敗してるようなものなんだよ。

 ほら、身は体を表すって言うし。

 あれ? 言わないっけ。


 我ながら、ずいぶんまとまりのない説得になってしまったと思う。それでも熱意だけはスミにも伝わったらしい。自宅に招いての、スミへのスタイリング談義がようやく叶ったのだ。


 「絶対、可愛いって」


 鏡の中に映るスミの姿は、“ワタシ”がスタイリングしたという贔屓目を差し引いても見違えていた。

 モップみたいに膨らんでいた髪は、マッシュっぽく巻いてふんわりとまとめたし、大胆に引いたアイラインで瞳が大きく黒々として見える。色白だからピンクのチークがよく似合っていた。


 「あとは服だよ、服!」


 “ワタシ”はクローゼットの中を弄り、スミに似合いそうな服を物色した。

 「絶対スミはガーリーかフェミニンが似合うと思うんだよね」と、はしゃぎながら振り返る。そのまま“ワタシ”は固まった。

 振り返った先で、スミは口紅を拭っていた。必要以上に手串を入れた髪も、せっかくまとまっていたのに、モップに戻っている。


 「なんか……自信なくて」


 申し訳なさそうにスミが俯く。 “ワタシ”はうんざりと天井を仰いだ。盛大な溜息が漏れる。最近“ワタシ”はスミといると溜息ばかりついてしまう。


 ――どうして伝わらないんだろう?


 “ワタシ”は虚しさのあまり泣きたくなった。

 見た目はただの切っ掛けに過ぎない。

 でも可愛さを磨けば磨くだけ、自信もつくのだ。自信が呼び寄せるように、関わるすべてが優しくなる。俯いてばかりでは地面しか見えない。


 はったりでもいいから顎を上げほしい。

 見える世界も変わるから。


 “ワタシ”が体験して気付いた新しい世界。


 それをスミにも知ってもらいたかった。

 知ってもらうべきだとも思った。

 気付いてもらいたかったのだ。

 気付いてもらうべきだとも思ったし。

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