GIFT6

tir-tuk

プロローグ


 空は泣かない。


 ママが死んだのは12月のとても寒い朝で、

 空は雲一つなく晴れ渡っていた。


 ――ママは遠くへ行ったんだよ。


 ワタシにしがみついて泣きじゃくる弟の頭を、ぽんぽんと二回撫でてパパが言った。パパの目は真っ赤で唇は震えている。


 ウソつき。自分だって泣いてるくせに。


 ワタシは12歳で弟は6歳。パパの嘘が分からないほど幼くもなく、けれどもその嘘を許せるほど大人でもなかった。


 ママは死んだ。精神安定剤を飲み過ぎた。

 自殺ではなく事故として処理されたけれど、ワタシは知っている。

 ママを追い詰めたのはパパだ。

 パパが浮気なんかしたから。


 自分で殺しておいて泣いているパパ。


 ワタシは12歳で弟は6歳。パパの弱さが分からないほど幼くもなく、けれどもその弱さを許せるほど大人でもなかった。


 パパはワタシの頭も撫でようとした。

 せがむように、こびるように、まるで許しをこうように。


 ――さわらないでっ!


 汚い。汚い。ぜんぶ汚い。

 ワタシはパパの手を振りほどいて走り出す。

 よすがを無くした弟が、まるごと火あぶりにされたネコみたいに、ぎゃーっとひときわ大きな声で泣き叫ぶ。

 弟の悲鳴を背中で聞きながら、ワタシは自分の部屋に駆け込んだ。


 本棚。

 引き出し。

 クローゼット。


 部屋中を走り回って、手当たり次第に持ち物をゴミ袋に詰めた。


 四歳の誕生日に買ってもらったウサギのぬいぐるみ。幼稚園で書いた妖精さん宛てのお手紙と、妖精さんのふりをしたママからのお返事。小学校のコンクールで入賞した母の日の似顔絵。パパだいすきとかいてある父の日につくったマグカップ。


 大事なもの。

 大切なもの。

 なくしたくないもの。

 名前をつけて可愛がっていたもの。


 みんな袋にぎゅうぎゅうと詰めて、かたくかたく封を閉じた。封の隙間からぬいぐるみの足が苦しそうにはみ出していた。

 うさぎのぬいぐるみ。名前はポポ。ママと一緒につけた名前。


 ――ぜんぶ死んでしまえばいい。


 ワタシは袋を家の前のゴミ置き場に投げ捨てた。乱暴にたたきつけられた袋から、ガチャンと何かが壊れる音がした。みんな窒息した。ぜんぶ壊れた。


 ――ざまあみろ。


 ワタシは振り返らなかった。二度と振り返るつもりはなかった。


 部屋に戻るとワタシの部屋は空っぽだった。

 何もない。

 せいせいする。

 空っぽの部屋に突っ立っていると、ブルブルと肩が震えだした。

 胸から熱いかたまりがせり上がってきて、それは喉をこえると涙と泣き声になって、とめどなく噴き出した。


 体中を声にして、ワタシは泣いた。


 ママが死んだのは12月のとても寒い朝で、

 空は雲一つなく晴れ渡っていた。


 大事なもの。

 大切なもの。

 なくしたくないもの。

 全部なくなった日。


 でも空はびっくりするくらい青く青くどこまでも青く。


 空は泣かない。

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