第40話 上野動物園(その10)
「……なんだこれは」
檻の中にいるそれを見て、ご主人様は酷く困惑した。
「ただのネコじゃねぇか……」
そこにいたのは、岩壁を模した内壁で覆われた、薄暗い檻の中で丸まっている毛玉のようなアメショーの猫であった。
「しかも氷の塊で涼んでやがる」
毛玉は、床に置かれていた氷に張り付いていた。
「まぁ、暑いからなあ……」
「まーぬーるーまーぬーるー」
「駄目だこの女何とかしないと」
ご主人様はかぶりつきになってるA子を掴み上げた。
「落ち付け」
「まーぬーるー」
A子はご主人様に持ち上げられたままじたばたしていた。
「思ったほどブサイクじゃないな」
「あれは王子動物園の子でしょ。こっちは意外とラブリー、はあはあ」
檻の中でマヌルネコが大きなあくびをした。それを見て更にA子が興奮する。
「あはは……」
ご主人様は仕方なく降ろすと、またA子はかぶりつきになる。あまりの執着ぶりにご主人様は苦笑いしながら生暖かい目で見守るしかなかった。
1時間ほどかぶりつきになった所でとうとうA子は力尽きた。
ご主人様は呆れながらA子を抱えて小獣館を出てきた。
「まーぬーるーまーぬーるー」
「ったく。かぶりつきで興奮して力尽きたアホは初めて見たわ」
「だってかわいいんですものーうーふーふー」
普段は無愛想なA子が、野生の猫にメロメロになっていた。これはこれでちょっと不気味だなとご主人様は思ってしまった。
「そんなに猫好きなら飼えばいいのに」
「実家ではお祖父様が飼ってた猫と遊んでました」
「へえ。猫好きなのか」
「そりゃあもうっ! あんな弄り甲斐のある生き物なんて滅多にいませんっ!」
遠くの空の下、A子の実家の屋根の上で寛いでいた黒猫がくしゃみした。
「しかし予想外に可愛かったのでビックリです。もっと不細工なのを期待していたのに」
「お前は猫が好きなのか嫌いなのかどっちなんだ」
「好きとか嫌いとかじゃなくて、可愛いんです!」
「なんだそりゃ」
ご主人様は苦笑いした。
「それにしても動物園の猫とは思えないですよね。普通に飼っても誰も気づかないかも」
「そうかなぁ」
「いや、確かに潰れアンマンな顔ですけど、ブサ顔は余り珍しくないですし」
「つーか、猫にしては異質すぎる気が」
「異質?」
「なんつーか……、そう、目だ。目が何か変だった」
「目、ですか?」
「調べられるか?」
「試しに」
言われてA子はネットブックを取り出し、検索を始める。
「わあ、凄い。よく気づきましたね」
「何か分かったか?」
「ええ、確かに目が他の猫と違いました。瞳孔が他の猫の目と違い、明るい所でも縦長にならず丸いままで収縮するそうです」
「そう言う事か。顔を見てて何か違うと思ったんだ」
「顔つきといい、目といい、確かに他の猫とは一線を画しているのかも」
「ソレがこの猫の面白い所なのかもな……ふう」
ご主人様は溜息を吐いた。そして、頬を伝う滴を手の甲で拭うともう一度溜息を吐く。
「しかしいい加減暑いな……」
「そろそろ戻りますか?」
「これ以上は観る所無い様な」
「両生は虫類館は?」
A子は向かいにある2階建ての建物を指した。
そこはその名の通り、珍しい両生類やは虫類が飼われている展示館である。ワニや蛇、カエルなど珍しい種類の生き物が展示されていた。
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