第36話 上野動物園(その6)
二人はトラ舎を後にする。先ほど入った入り口から出ると直ぐそこに見える通路の中から、先ほどレッサーパンダ舎で目撃したドライミストの煙がもうもうと立ちこめていた。
「ここは……あ、反応あった」
A子は再び自動起動したコミュニケータを見た。
「ゴリラ舎だな」
先にご主人様が言った。
「確かここには、面白いゴリラが居ると……あれだ」
ご主人様は通路の右側を指す。そこにも大窓があり、観客がその中を覗いて賑わっていた。
「……ナニアレ」
思わず目を丸めるA子が見つけたそれは、檻の中にある大きな岩山の頂上に、ピンク色の柄の毛布がちょこんと座っていた。
「ゴリラが、服着てる」
「着てるって言うか巻いてるんだ。ピーコっていうメスゴリラ。この『ゴリラの森』というゴリラ舎の一番の古株だ。布を身体に巻くのが好きで、いつもあんな風に布を手放さないんだ」
「面白い習性のゴリラがいるもんですね……」
「ちなみに今座っている場所は重量計になってて、ほら、そこの壁に数字が表示されるようになってる」
「本当だ。面白い仕組みですね……あ、あんな所に子供のゴリラが」
「おう、そういや子供のゴリラも居るんだよな。去年の11月に生まれたってニュースで聞いた事がある」
「最近なんですね」
「ここのゴリラは良く、各地のゴリラとお見合いしてて繁殖を試みてるらしい。繁殖センターとしての一面があるとか」
それを聞いて、A子はまた物憂げな顔をする。
「……やっぱりゴリラも絶滅危惧種なんですかね」
「種類にもよるらしい。ここにいるのはニシローランドゴリラで、一時は絶滅を危惧されていたが、最近、野生種が12万頭も見つかったって報告があったらしいな。まあそれでも他の種はかなりヤバイらしいけど」
「人は増える一方なんですけどね」
「かといって減らす訳にはいかんしな。仮に戦争なんかやらかしたら、減るのは人だけの話じゃなくなる」
「うー」
唸るA子。ご主人様はそんなA子の頭を、軽く撫でた。
「難しく考えるなよ。俺たちは俺たちの出来る事を精一杯やっていればいいんだ」
「……ん」
「次行くか」
二人はゴリラ舎の通路を進む。突き当たりを左に回るとそこには、バードハウスと書かれた建物があった。
「こんな所にも鳥類展示館か」
「ご主人様、あれ!」
A子は、ピシッ、と空気を打つような音が聞こえてきそうな勢いで、バードハウスの横にある樹を指した。
その周りには何故か、透明なアクリルの柵が敷かれていた。
何か居るのかとご主人様は目を凝らすと、A子はその場に駆け寄った。
「あーりーくーいーっ!!」
「おいおい」
ご主人様は呆れたように肩をすくめ、その後をついていった。
「おー、確かにアリクイ」
アクリルの柵の中では、白いアリクイが樹の周りをうろうろ歩き回っていた。
「小さいなあ、子供のアリクイかね」
「かーいぃぃっ!」
その場に釘付けになっていたA子はそのアリクイにすっかりメロメロになっていた。
「樹に登った、樹に登った!」
「あはは……しかしこんな間近に観られるとは」
「手が届きそうですね!」
「やめとけ。アリクイのあの爪を見ろ」
「あ」
A子は思わず固まる。アリクイが樹を登るのに使っていた、その小さな身体には不釣り合いなくらいな大きい爪はちょっとした凶器のようである。
「人間がアレで掴まれたら、ぶっさり」
「うー」
アリクイに向けられたA子の両手は引き気味に振られていた。
そんなA子を見てご主人様は苦笑する。
「さて、バードハウス見て行くか?」
「先、行きましょう。鳥は別にいいです」
「面白そうだけど、まぁ良いか」
ちなみにバードハウスは2階建てになっており、その中では、カワセミやハチドリのような、小さい珍しい鳥類が展示されている。
二人はバードハウスの脇にある、下り坂の小道を抜けて行った。その先は周囲が鳥類の檻で囲まれている大きな広場になっていて、中央に生い茂った樹で覆われた休憩コーナーと、フードコーナーそして販売所があった。
「奥の方、工事中ですね」
A子が指した先には、大きなトタンの壁があり、その裏で何か工事しているようであった。
「アレ、この奥ってペンギンやシロクマが展示されているんだけど……」
不思議がる二人はフードコーナーを抜けて、その工事現場の前に立つ。そこには工事の内容が書かれた看板があった。
「あー、このエリア、作り直ししているのか。そういやここ、シロクマ舎の裏側が西園への道だったけど急登過ぎてきつかったんだよなあ」
「完成は来年みたいですね。ここにある完成予想図を見るとだいぶ改善されるようです」
「ほう、シロクマ舎のプールの中にチューブの通路設けて、シロクマを間近で見られるようにするのか」
「旭山動物園みたいな造りにするようですね。完成したら見に来たいなぁ」
「フリーパス作ったんだから安心して行けるな」
「その時はまた来ましょう、ご主人様」
A子は嬉しそうに言った。
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