第37話 上野動物園(その7)

「さて、これで半分見てきたけど、そのフードコーナーで一息つくか」

「私、アイスが食べたい」

「いいな、それ……確かにまだ暑いわ」


ご主人様は溜息混じりに言う。

都内は残暑はおろか初秋という言葉が使われる時期だというのに、猛暑が続く異常気象に悩まされていた。

今日は先日久し振りに一雨降ったおかげでようやく気温も落ち着いたのだが、それでも太陽が頭上にある頃はかなり暑かった。


「じゃあ、買ってくるか」

「待って下さい、ご主人様は席を確保して下さい。私が買ってきます」

「いや、いいから」

「でも……」

「今日は日頃お世話になってるA子へのお礼みたいなモンだ、折角の休日だし、のんびりしておけ」


ご主人様はそう言って、売店のほうへさっさと歩いていった。

A子は戸惑いつつ、仕方ないか、と呟いて、仕方なく空いている席を探した。

休日ではあったがこの暑さで、日陰や屋根のある席に客が集中していたせいか、屋外のテーブルには空席がいくつかあった。

A子は売店に近い席を見つけ、そこに座ってA子を待った。

しばらくすると、A子を見つけたご主人様が戻ってきた。その両手はソフトクリームで塞がっていた。


「好み聞くの忘れてたから、ミックスと普通のソフト買ってきた。どっちがいい?」

「両方」

「却下」

「普通のでいいです」


A子は意地悪そうに笑う。

ご主人様は苦笑い混じりに舌打ちし、普通のソフトクリームをA子に手渡した。


「ありがとうございます、ではいただきまーす」


元気よくいうと、A子は美味しそうにソフトクリームを食べ始めた。

ご主人様もミックスソフトを食べ始める。炎天下と言うほどではない日差しだが、ソフトクリームの冷たさは格段に美味しかった。


「……」


ソフトクリームを食べているA子を見ながら、ご主人様はふと、ある事を考えていた。


(なんだかんだ言ってもA子は働き者だからなあ、たまにはこんなのんびりした日も悪くないか)


その時はまた来ましょう、ご主人様。


(また、か。一人で行っても良いのにな。これじゃまるでデートだ)


ご主人様は、フッ、と笑う。


(他に誘う男でもいりゃいいんだがね。働き者だし、そりゃあ、たまには限度を知らないで暴走したりもするがそれでマメだし、ぶっちゃけこう言う女を嫁に持てば楽なんだろうけどなぁ……)


そう考えた途端、ご主人様の顔が険しくなる。


(……いやいやいや。無理、俺は無理。こいつ貧乳だしっ! 巨乳敵視しているしっ! 俺は巨乳派だしっ! 即ち、俺の敵! 何故迷う!)


ご主人様は何とも酷い論法で葛藤していると、ふと、A子がこっちを睨んでいる事に気づいた。


「な、なんだよ」

「……今、酷い事考えてませんでした?」

(このアマ……心の中でも読めるのか?)


ご主人様はあまりの事に冷や汗を掻く。


「……断っておきますが」

「ゴクリ」

「ここまで食べたのに、普通のソフトクリームが食べたかったなんて言わない下さいねっ!」


アホー。呆けるご主人様の頭上を、通りかかったカラスが絶妙なタイミングで鳴いてみせた。


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