メイドさんとご主人様の奇妙な日記。

arm1475

【プロローグ】

彼(27)の実家は金持ちである。

どれくらいの金持ちなのかの説明は割愛する。どーせこの物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。

都内の南麻布にある骨董品店の雇われ店長を務める彼は、芝浦にある高級マンションで悠々自適の独身生活を過ごしてきた。

彼女はいない。昔はいた、とは本人の談である。

見栄で言ってるように見えないのは、彼はそれなりにイケメンであり、安定した収入など、モテる要素を多く備えているからだろう。

べ、別に作者が毒男で悔しいから彼女の設定を用意しないんじゃないんだからね!


それはそれとして。


「……誰」


彼の元にある日、両親の紹介でやってきたというメイドさんがやってきた。


「なんてことだ」


彼は思わず仰いだ。


「こんな小学生を働かせるなんて!」

「小学生じゃねーし」


ムスッとするメイドさん。黒髪ロングの下でギラリと光る、三白眼が彼をちょっとだけ圧倒する。

何が不機嫌なのか、現れてからずうっとムスッとした顔をしていて、彼はあまり良い印象を抱いていなかった。

しかしそれよりも気になっているのは、その小柄な幼児体型。

どうみても小学生である。というか、最近の小学生のほうがもっと発育が良いくらいである。


「ほれ」


メイドさんがつき出したのは、一枚の運転免許証。


「写真は確かにお前さんだけど……何故名前と住所がシールで隠されてる」

「個人情報保護の見地から」

「名前くらいは……」

「えーこ」

「……エー子?」

「アルファベットほうで」

「やっぱり未成年か」

「お前のアイはフシアナアイですかぁ?」


 そう言ってA子と名乗るメイドは免許証に書かれた生年月日を指した。


「……24」


彼は免許証をガン見し、続いてA子を二度見した。


「身長か」

「無理矢理ボケなくていいから」


A子は肩をすくめる。


「てか、人と話す時はちゃんと相手を見て話しなさいって学校で教わらなかったんですか」

「いや、ちゃんと見てるが」

「目ぇ瞑ってるじゃないですか!」

「生まれつき糸目なんだよ俺は!」


彼は一本線のような目をつり上げてみせた。


「……まさか小宇宙(コスモ)高めてるんじゃないんですよね」

「俺はどこかの聖闘士かい……」

「……ふむ。いいでしょう。まあその様子なら低年齢層への異常性愛の気はなさそうで安心しました」

「つーか」


彼は肩をすくめた。


「俺はキミと暮らさなきゃならんと言うのか?」

「住み込みという言う契約ですので」


A子はどこか不満げだった。

確かに、年頃の女性が殆ど面識のない独身の男の家に住み込みで働く事に抵抗を感じて当たり前である。彼は両親を心の中で罵った。


「いや、無理に住み込みじゃなくても」

「私、実家、追い出されましたので行くところがありません」

「え」


A子は拳を作り、


「……あのジジィ、家で引き籠もっているのは人としてどうか、なんてえらそうな事言って追い出しやがったんですよ」

「はあ」


ジジィとはA子の肉親、恐らく祖父であろう。彼は肉親を親の敵のようにののしるその姿に困惑した。


「あー、もう、働きたくないでござる! 働きたくないでござる! 家でもっとモンハンやPSOやっていたいのに!」

「うわぁ」


どうやらかなりの廃人だったようである。彼はこんな残念な女を雇い押しつけた両親を心の中で呪った。


「つーか」

「はい」

「前はゲームばかりやっていたのか」

「そりゃもう一日中」

「飽きもせず?」

「飽きるくらいならゲームなんかやってませんよ、HAHAHA!」


彼は心の中で、駄目だこの女何とかしないと、と仰いだ。


「それはそれとして。もうこうなってしまっては仕方ないですし、嫌でも働かせて貰います。路頭に迷うのは嫌ですから」

「あー」


彼は思わず考え込む。流石にこう言うメイドは雇って大丈夫なのか心配になったらしい。


「返答がないと言う事は了解と判断します。それでは早速」

「え」


…………


「え」


彼は見違えるようなA子の仕事ぶりにただ呆然としていた。決して汚くはないと思っていた自分の部屋がみるみるうちに光り輝き始めたのである。


「……俺、結構汚していたのか」

「独身男性の住み処では奇麗な方ではないかと」


A子は窓枠のさんを化学ぞうきんでぬぐい取って掃除を完了させた。


「ちなみに夕飯は?」

「あ、ああ、今日は店屋物でも」

「いけません。冷蔵庫にまだ材料があるじゃないですか」

「え」


…………


「え」


彼はテーブルの上に用意された料理を観て目を丸めた。


「あの残り物で良くこんな……しかも美味いし」

「ゲームで徹夜なんかしている時、小腹が空いた時は自分で台所のモノを漁って夜食作ってました。ある意味、料理は趣味みたいなもんです。誰だって旨いモノ食べたいですし」

「なるほど。これは頼もしい」


彼も、A子の実力を目の当たりにしては、メイドとしての能力を認めざるを得なかった。

その頃には彼も流石に、A子の事情に同情を覚えるようになっていた。とりあえず後日、両親にはきっちり話を付けてやろうと思った。


「ご馳走様。しばらくは当面空いてる客間使ってくれ。荷物はいつ来る?」

「入れて良いのですね」

「え? あ、ああ」

「では」


そう言ってA子は携帯を取りだし、なにやらメールを送信する。

すると5分ほどでエプロン姿の黒服の男達が玄関から雪崩れ込んできた。


「何だ?!」


男達は皆、大きなダンボール箱を抱えていた。彼の目の前で次々とダンボール箱が客間に運び込まれていく。

まさに電撃戦と呼ぶべき搬入作業に唖然とする彼の袖を、A子は掴んで言った。


「私の家の者です。18箱程度ですのでご安心を。折りたたみ式の衣類入れも含んでいます」

「あ、あれ、そ、そうなの?」


この時彼は動揺していた為に、後に知る事になる、A子に関するある重大な事実への手懸かりに気づいていなかった。

みるみるうちに客間が、荷物を搬入していった男たちの手によってレイアウト変更されていく。

もともと客間にはテーブルくらいしか置いていなかった事もあり、客間からA子の私室へのリフォームはあっという間に終わった。

あまりの事に彼は口を開けっ放しのままその一部始終を見ているだけだった。


「終わりました」


 A子にそう言われてようやく、彼は我に返った。いつの間にかあの黒服たちもいなくなっていた。


「搬入したのは着替えと机と使っていたパソコンとゲーム機です」


よく見ると、部屋の隅に3箱ほど梱包を解いていないダンボール箱があった。


「とりあえずゲーム機は梱包を解いていません。後でカラーボックスを買って入れておきますのでしばらくあのままにしておきます」


実家追い出された原因抱えて押しかけてくるとは見上げた根性である。


「ゲーム機って」

「ツインファミコン、スーファミ、ゲームボーイにPCエンジンにマークⅢに、リンクスにジャガーに、えーと」

「マニアだーっ! マニアが出たぁー!!」


彼は思わず絶叫する。


「失礼な。本物のマニアは基盤から集めます。私は基盤は集めません、あくまでも家庭用機のみです。それに掃除してて気づきましたがあなたも同じくらい持ってるじゃないですか」

「いや、俺はそこまで……」


確かに彼もPS3など、いくつかコンシューマ機を持ってるゲーム好きだが、そこまで古い機種は持っていなかった。

A子は困惑する彼の顔を、様子をうかがうようにしばらく見てから、うん、とうなずいた。


「何なら被ってるモノは売ってきましょうか。同じモノがあっても仕様がないし」

「え? 好きで集めてるんじゃ……」

「確かに好きで集めてはいますが、遊べるゲームが無いモノにはあまり興味ありません。ソフトあってのハードですから」

「まぁ、そうだが……」

「どのみち、古いゲームはもう遊んでませんし。場所の事もありますし、丁度良い機会ですからヤフオクにでも流します」

「はぁ」


意外すぎるほど淡泊なA子に、彼は拍子抜けした。

とはいえ、大量のゴミもとい荷物を持ち込まれても困るのは自分である。彼は少し安心した。


「ところでご主人様」

「え」


彼は一瞬戸惑う。


「今、ご主人様って」

「雇われた以上、貴方は私のご主人様です」

「あ、ああ」


彼は生まれて初めての呼ばれ方に酷く動揺した。


ご主人様。


実際に言われるとこれほど気恥ずかしいモノは無い。


「ここって珍しく焼却炉があるんですね」

「あ、ああ、管理人さんが設置したものか。生ゴミ限定だけど、燃やせるゴミも少しなら入れて良いらしい」

「そうですか」


そう言うとA子は大きな紙袋を取り出し、


「ちょっとこれ捨ててきます」

「あ、ああ……」


ご主人様は頷いてみせる。

数分後、A子はさっき持っていた紙袋をどこかに置いてきたらしく、手ぶらで帰ってきた。

何故かその顔は不機嫌そうであった。


「さっきの紙袋は……」

「捨ててきました。ゴミなんで」

「ふぅん。引っ越しで生ゴミなんて出るのかね」

「どこの世界に引っ越しで生ゴミなんて出ますか」

「まぁ、な。ていうか何を捨てたの」

「引っ越し先でゴミなど出ないよう、必要なもの以外は持ってきていません」


その割には使わないゲーム機を持ってきているんだな、とご主人様は心の中で突っ込んだ。


「捨てたのは先ほどの掃除で出たゴミです」

「へ? あ、ああ、冷蔵庫で傷んだモノでも?」

「ベッドの下にあった本です」

「え」


ご主人様は思わず硬直する。


「長岡書房刊・『素晴らしき巨乳の世界』」


A子がそう言った瞬間、ご主人様は自室のベッドに向かって飛び出した。A子の目にはそれが音速を超えていたように見えた。

ややあって、ご主人様の悲鳴が自室から届いた。


「な、ない! 俺の大事な巨乳本がっ!」

「女の価値は胸の大きさなどではありません」


A子はご主人様の狼狽する声を聞いて鼻で笑う。


「畜生、畜生……っっ!!」


ご主人様は自室からドタバタ走り出してA子の横を駆け抜ける。玄関を飛び出していった先は間違いなく1階の焼却炉だろうが、既に問題の物はA子によって燃やされた後だった。

そんな、自身の主人のみっともない姿に、A子は呆れ気味にため息を吐いた。


「おっぱい、おっぱいとまぁ……いい歳した男が情けないというか」



ご主人様は焼却炉の前に駆け込むようにやってきて、そのふたを開ける。まだ熱を帯びていたその中には、かつてそれは巨乳の裸女のあられもない姿が大写しにされた写真集だという事など判らないほどに真っ白に燃え尽きていた。

それを見てご主人様はがっくりと膝をついて俯いた。


「あのひんにゅうめぇぇぇ!!」



A子は肩をすくめた。


「……契約とはいえこの先思いやられます。あの本で理解しました、あの男は」



ご主人様は鬼のような形相をゆっくりと上げた。


「……男に二言は無い、今更追い出す訳にはいかんが……くそっ、体型で判るわ、あの女は」



「「敵だ」」






侍従関係初日からいきなりお互いを敵と認識し合う、そんなメイドさんとご主人様の、少しフシギな日々のはじまりはじまりー。



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