第13話 初陣②

捜査官は1台の白いバンと他4台の車に分乗して、国分町へ向かう。

金曜日の国分町は予想通り若者や酔客でにぎわっていた。あらかじめ地図で確認した配置で待機する。アヤメは先陣を切って突入する第1班だ。その後を2班、3班が続き最後に眷属隊が突入することになっている。


バー・ナイトメアの入る雑居ビルは敷地面積が狭い縦長の7階建。

ナイトメアは最上階の7階のワンフロアを全て利用している。店舗の出入り口はエレベーターホールを降りた先の入り口1か所だけ。7階に行くための経路は、エレベータの他に通路の奥にある非常口につながる非常階段がある。ヴァンパイア専門店に改装されており窓の類はない。


第1突入班と眷属隊がエレベーターから。2,3班が非常階段からビルに潜入する。

「金田組の組員が対象ビルに入ります。男性4人です。」

無線が入った。

大きなキャリー型のスーツケースを二つ引いている。あの中身が血液だろうか、バンのカーテンの隙間から覗いていた俺はそう思った。

「そのまま待機してください。」

10分後、客の入りは12人。店の奥にあるカーテンで仕切られたVIPエリアに金田組の組員がいると潜入捜査官から連絡が入る。


「各班、突入地点にて合図を待て!」


いよいよ初陣だ。

第一班、総勢10名がエレベーターに乗り込む。

エレベーターに設置された監視カメラが俺たちを見下ろしている。嫌な予感がした。

その時、かすかな爆発音が聞こえる、エレベータに衝撃と揺れを感じた後、エレベーターが止まった。

「2班、3班。非常階段の破損で目的地に到達できません。捜査官3名負傷。」

無線から2・3班の状況が報告される。

万事休すか、そう思われた時、エレベーターが動き出す。

「エレベーターを降りたら臨戦態勢で行け。敵に我々の動きがばれてるようだ。」

今回の任務の1班隊長の高木さんが静かにそう言った。


正直。俺は緊張でちびりそうだった。

隣に立っていた常盤さんも小さく震えている。常盤さんの蒼白な顔をみて俺の日本男児魂が顔を出す。

「♪ふんっ♪ふんふん、、。」

ん?誰かが鼻歌を歌っている。しかも、このメロディーには聞き覚えが、、、。

「♪お江戸の悪い奴らを許しちゃおけねぇ~♪」

歌っているのはアヤメだった。しかも、江戸の稲妻オープニングテーマ。顔を見ると生き生きとしている。

はぁ。ため息が出る。常盤さんとアヤメを足して二で割ったらちょうどいいのに、、。


そんなことを考えているうちにエレベーターはバー・ナイトメアのある7階に到着する。

チンッ。

ベル音がして扉が開く。ヴァンパイアが大挙して待ちかまえているかと思ったら以外にもエレベーターホール前は静まり返っている。

「1班、待機位置に到着しました。、、、。ダメだ無線の交信ができない。退却か。」

高木さんがうなるようにつぶやく。

2,3班の応援は期待できない。

「えええ。行かないの?ここまで来たんだから突入でしょ。」

アヤメが不満そうに言う。

「そうですね。この内定から今日の検挙まで半年かかっています。ヴァンパイアマフィアのsucksはとても狡猾でなかなか尻尾を掴ませません。今日を逃すと次回はいつになるかわかりません。」

そう言ったのは、普段はほとんど話すことのない灰野の主。杉山さんだった。

「よし。突入しよう。眷属の皆さんは危険が無いよう後ろに下がっていろ。」


バー・ナイトメアのドアは重厚な鉄製で鍵が開いていなかったら突入は難しい。扉を壊す破城槌は2、3班が持ち込む予定だった。

最初の予定では、中にいる捜査官が中から鍵を開ける予定だったが、今となってはそれも望めないだろう。

高木さんがドアノブに手をかけるとドアはガチャっと音を立ててすんなり開いた。

「いくぞ。眷属隊は外で待機しているように。」

捜査官5人は一斉にドアの中に踏み込んだ。


扉が閉められ、5人の捜査官だけ中に入って行く。

眷属隊は、エレベータホールに取り残された。


「僕たちの仕事って投降した犯罪者に手錠掛けるだけだし、入っても足手まといになるだけだからここで待つのが正解だよね。」

灰野が口を開く。

「でも、赤目様が心配です。」


防音設備が施されているからか、中の様子をうかがい知ることはできない。

アヤメは強い。俺が行っても役に立つことは何もない。でも、気になる。

「中の様子ちょっと覗いてみようか。」

俺は提案してみた。

「ダメ。無駄なことはしないほうがいいです。」(灰野)

「ダメです。高木さんの指示は待機です。」(山田)

「めんどくせーよ。」(稲葉)

(だよね。)

「気になります。覗くくらいなら、、。」

そう言ったのは常盤さんだった。

「じゃ、自己責任ってことで。」

多数決で負けているので、そういって俺は頭が入る分だけ扉を開く。

中の光景は、まさに地獄絵図だった。


狂暴化したヴァンパイア達と戦闘する捜査官たち。天井のスプリンクラーから噴き出してるのは血か?

「うひょー。すげーな。ノエルいけぇ!」

「赤目様、頑張って。」

いつの間にか、稲葉と常盤さんの顔も扉の隙間に並んでいる。


「狂暴化しているのは、一般のヴァンパイアです!致命傷を負わせないように注意してください。」

杉山さんが冷静に指示を出す。

「どれが、一般人かなんてノエルわかんないしぃ。死なない程度ならいいんでしょ。」

「ノエルに面倒なこと言っても無駄だよね。」

稲葉がつぶやいた。


「俺は金田組組員の確保に向かう。」

「がんばれ。高木さん!」

いつの間にか、山田さんの顔も並んだ。


あれ?アヤメは?

「あははは。この三下どもが、おとなしく縛(ばく)につけ。手向かうなら容赦しねえ、たたっ斬ってやるっ!」

アヤメは狂暴化したヴァンパイア3人を相手に素手で大立ち回りを繰り広げている。

瞬く間に3人を倒し。狂暴化していない白髪のヴァンパイアと立ち回りを始めた。


あれ、なんかアヤメの感じがいつもと違う。俺は、間違い探しのようにアヤメの違和感を探す。

それは、すぐに分かった。アヤメの髪が深紅に染まっているのだ。深紅の髪をなびかせ戦うアヤメにしばらく見とれる。

「お前が、親玉かい。一般のヴァンパイアさんを狂暴化させるなんざヴァンパイアの風上にもおけない野郎だ」

確かに野放図に飛びかかってくる狂暴化したヴァンパイアと異なり、その白髪のヴァンパイアはかなりの手練れらしい。アヤメと互角に戦う。

「お嬢さん。なかなかやりますね。」

「おぬしもな。」

二人は血で真っ赤に染まったホールで、目にも止まらない速さで戦っている。彼らの手先の動きは早すぎて見えない。その様はまるでダンスでも踊っているみたいに見えた。

「お嬢さんと、戦うのは非常に楽しいのですが。今夜は生憎と他にも用事がありまして。そろそろお開きにしましょう。」

男がポケットから何かスプレー缶をを取り出す。

(あ、危ない。)

俺はとっさに飛び出しアヤメに覆いかぶさる。

男の噴射した霧はほとんど俺が被った。

「どけっ。じゃまするな。」

俺はアヤメに突き飛ばされ、血だまりに転がる。血の匂いに気分が悪くなった。

「本当に。邪魔するなんて、無粋な男ですね。」

そう言って男が投げたスプレー缶が俺の頭に命中する。

「それでは、この辺で。」


男が手に持ったスイッチを押すと、爆音とともにコンクリート壁が崩れ落ちた。

「ごきげんよう。」

男は外に向かって背面から倒れるように落ちて行った。

(ここ、7階だぜ?)

「待て!逃げるのか、卑怯者!」

アヤメが後を追う、俺もアヤメに続く。

壁の穴から階下をのぞくと、男は地面に着地して悠々と国分町の喧騒の中を歩いて行った。


壁の爆発のせいかビルの下にはやじうまの人垣ができていた。

「こらぁ!本田一宇!眷属隊は外で待機と行ったろうがぁ!!」

高木班長の怒声がバーのフロアに響く。

「すいませんっ。」

俺は頭を下げた。

「すみません、高木班長。眷属の不始末は主である私の責任です。」

隣でアヤメも深々と頭を下げる。アヤメの髪の色はいつもの黒髪に戻っていた。

アヤメの手には、白髪の男が投げたスプレー缶が握られていた。


「眷属隊の初陣だったが、今回は君たちの出番はないようだ。」

「どういうことですか。」

「金田組の組員は全員そっちで首を切られて死んでるよ。死体に手錠を掛けても仕方ないだろ。」

高木班長が血で染まったカーテンで仕切られたVIPエリアを指さす。


そこに、2、3班が遅れて合流した。

「高木さん、これは、、。」

2,3班の隊員も現場の惨状に怯んでいるようだった。

「事情は後で説明する。とりあえず、一般のヴァンパイアが狂暴化したので、対処した。彼らを病院まで運んでくれ。それと、遺体の回収チームを頼む。」

「隊員の皆さん、ここには人血が充満していますから毒気に充てられないように注意して作業してください。」

杉山さんが冷静に指示を出している。


「本田君。アヤメさんの危機に思わず飛び込んだ君の気持はわからなくもない。でもな、君たちの安全を守るのも隊長の俺の役目だから、勘弁してくれよ。とんだ初陣になったな。」

高木さんはいつもの優しい笑顔で、俺の肩をポンポンと叩く。


「お前らも、何覗いてんだぁ。撤収だ撤収。」

扉から覗いている4つの顔に向かって高木班長が怒鳴った。

俺は重い気持ちを飲み込んだまま、撤収のバンに乗り込んだ。




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