第6話 ご主人様の正体②

ガレージでは、俺がパーツを取りに出た時のままにバイクが置いてあった。

盗まれたパーツは、段ボールに入った状態でバイクのそばに置いてある。

「待たせたな。今直してやるからな。」

俺はパーツ屋のところから買ってきたパーツを足りないところに填めていく。

この工程が一番楽しい。一人黙々作業を続けた。

最後のパーツを組み込んで、ボルトを締める。

「直ったよ、また風を切って走れるな。」

俺は座席のシートをポンポンと叩きながら、バイクに語りかけた。


日が暮れて、バイクを磨き上げているところにアヤメが入ってきた。

「直ったの?」

「おうよ。エンジンかけてみるか。」

「うん。」

セルボタンを押す。

ブルルン。

エンジンは小気味の良いエンジン音をガレージ内に響かせる。

「太陽も沈んだし、試乗してこれば?」

「私バイクの運転なんかできないわよ。」

すねたようにアヤメが答える。

「ええっ。そうなの?」

「そうよ!悪い?」

「じゃ、俺が運転しようか?後ろに乗ればいいよ。俺もちゃんと走れるか確かめたいし。」

「いいの?」アヤメの表情が明るくなる。

「でも、あんた免許持ってるの、、。それに運転技術も心配だし。」

(嬉しいくせに素直じゃねえな。)


そこへ、高梨さんがヘルメットを二つ抱えて現れた。

「エンジンの音が聞こえましたので、これがお入り用かと。」

俺とアヤメはヘルメットを受け取る。

ちょっと寒いから、上着でも着て来いよ。

「わかった。」

アヤメの背中から弾んだ様子がうかがえる。

「高梨さん、安全運転で行きますのでご心配なく。」

「ほほほほ。心配などしておりませんよ。」

アヤメが戻ってきた。

ジーパンに細身の赤い革のライダースジャケットがすごく似合っている。

「これ、一宇に。」

そう言って、使い込まれた男物の黒い革のライダースジャケットを差し出す。

「あなただって寒いでしょ。」

渡されたジャケットは、俺には少し大きかった。

「サンキュー。」

俺はジャケットを着こみバイクにまたがる。

アヤメもすぐに後ろの席にまたがり、その華奢な手が俺の腹にまわされた。

女の子とタンデムするのは初めてだ。ちょっとドキドキする。


すっかり暗くなった町にアヤメを乗せたバイクは風を切って走り出した。

バイクはの調子はばっちりだった。

道はゴールデン商店街に入る。少し減速して海岸線に向かう県道に出る。ここから海までは大体40分くらいかかる。試運転にはちょうど良い距離に思われた。

県道に出て、バイクは少しだけ加速する。今日は婦女子が同乗しているので安全運転だ。

後ろからアヤメが何か叫んでいる。

ヘルメットのバイザーを上げる。

「なに?」俺は風に負けないように大声で叫ぶ。

「もっと、スピードでないの。」アヤメも大声で叫んでいる。

「今日は法定速度で走るんだよ。」

「つまんないの。」

俺はバイザーを下げ、気持ちスピードを上げる。


国道4号線を横切るとあたりには工業団地が広がる。

この時間にはほとんど車も走っていない。たまに大型トラックとすれ違った。

この海までの道は大好きな道だ。

まだ町にガソリンスタンドがあった頃は、金が入るとガソリンを満タンにして、よくこのコースを海まで飛ばした。


工業団地を抜けると目の前が開ける。

もう少しで海だ、、、。


目的地に到着!海と言ってもそこは埠頭になっていて、小さな船が係留されている船貯まりになっている場所だ。

対岸には、火力発電所の明かりがきらめいている。

「きれい!」

アヤメが目を輝かせる。

「だろ。」

「あれ何?」

「あれは火力発電所。」

その時、頭上を旅客機が旋回していく。

「すごーい。飛行機よ!飛行機!」

アヤメは空を見上げはしゃいでいる。

「空港が近くにあるからな。」

これは計画に無かったが、アヤメが喜んでくれて嬉しい。


この後、俺はどうなるんだろう。

バイクも直ったし用済みだよな。

アヤメに聞いてみたかったが、この楽しい雰囲気を壊すのはもったいないような気がして聞くことができなかった。

「バイクも調子いいみたいだし、帰るか。」

「ええ、もう帰るの。」

アヤメは不満そうに言ったが、素直にバイクの後ろにまたがった。

バイクの気持ちの良いエンジン音が夜に吸い込まれていく。


なんとか夜が明ける前に、無事に刑部家に帰り着くことが出来た。

あの後、アヤメにのせられ夜景スポットとして人気の場所を2.3ハシゴしたので帰宅は結構ギリギリになっていた。

「時間、ギリギリだったかな。婦女子を危険な目に合わせるとは。面目ない。」

「大丈夫だったからいいじゃない。いちいち堅苦しいのよ。この前も日本男子がどうのこうのって、あれ何なの?」

「いや。俺とじいさんの約束っていうか、じいさんの遺言なんだよ。3つあって。自分のために提供された食事は美味しく頂くってのと日本男子はいつなんどきでも子どもと婦女子を守る。それと受けた恩は必ず返す。その遺言の三つを俺の人生の指針にしてるんだ。おかしいだろ。」


実は遺言は、もう一つある。じいさんは、この4つ目の約束をとても重視していたように思う。でも、これは内容がとても個人的なことなので、話す必要はないだろう。


「ふーん。素敵な約束ね。」

アヤメはそう言った。

「まぁ、婦女子や子どもを守るって約束と。受けた恩を返すってのは、人として当然の行いだからいいんだけど。食事を出されたらそれがなんでも残さず食べるってのは時々厄介だな。」

「それどういうこと?一宇、偏食でもあるの?」

「いや、偏食はないよ。でも、俺の住んでるアパート築70年のオンボロなんだよね。魅力は家賃が格安ってこと。そのアパート住んでる人種が非常に雑多で、日本人は俺だけ。とくに隣人のハビブさんは、天涯孤独で貧乏な俺を、弟みたいに可愛いがってくれるんだ。料理上手な奥さんがいて、よく飯を食わせてもらってるし。」

「良き隣人に恵まれてるのね。」

「この前もライードってイスラムの断食明けの祭りで、ご馳走があるからって招待されてさ。行ってみたら食卓のど真ん中に丸焼きにした羊の頭が皿に盛られてて、正直ビビったよ。焼けた羊の頭。こう歯がむき出しになっててさ、笑ってるみたいな顔してるんだぜその羊。それをハビブがリボンでデコレーションされた鉈でパッカーンって割って、中の脳みそを皿に入れて「どうぞ」って。」

「それで?」

「俺のために提供された料理は美味しく頂く。が生まれて初めて発動したよ。まぁ、旨かったけど。」

俺が笑い、アヤメもつられて笑う。

「夜が明けそうだ、もう休んだほうがいいよ。」

「わかった。お休み。」

俺は、ガレージに戻り、バイクにシートを掛け、道具をきれいにしてから、道具箱にしまった。

ガレージに備え付けの水道できれいに手を洗い高梨さんのいる台所へ向かう。


高梨さんはそこでそうしているのが当たり前のように白いエプロンを付け食事の支度をしていた。

「お疲れさまでした一宇様。食事を召し上がってから、お帰りくださいよ。」

「今日は何ですか?ここ高梨さんの美味しいご飯を食べ続けたから俺、太ったかも。」

「いいえ、一宇様はまだまだ痩せすぎです。」

そう言って具のたくさん入ったトン汁を俺の前に置いた、


「これもすごい旨いです。」

俺が、がつがつ飯をかき込む様子をしばらく満足げに見ていた高梨さんが部屋を出て、手に封筒を持って戻ってきた。

「確か、一宇様はお給料は日払いがご希望とか。」

そう言って封筒を差し出す。

「中身をご確認ください。」

中身を確認する1、2,3、4、5、6,7、、8???

「あのこれ、多すぎます。俺ここに来たのがおとといで、昨日は丸一日気を失ってたわけだし。こんなにいただけません。」

「いいえ。4日で8万円お支払するようにと、アヤメ様から言われておりますから。」

高梨さんからは、また有無を言わさないオーラが漂っている。

「ありがとうございます。」

そう言って俺が封筒をカバンにしまうと高梨さんは温和な高梨さんにもどる。


バイク修理が終わった今ここ俺の居場所があるのか、そんな考えがまた頭をもたげる。

高梨さんに聞いてみたかったが、俺は聞かずに刑部家を後にした。


日はすっかり上り、ゴールデン商店街の店ももちらほら開店していた、中華食材店で、日ごろ世話になっているハビブに土産でも買って帰ろう。

懐も温かいし「松の実」を買おうと決めた。


ハビブの母国では、食後に松の実を浮かせた甘いミントティーを飲む風習がある。「松の実は、世界中どこにいっても高い!」とこぼしていたのを思い出したからだ。

俺は松の実を手に4日ぶりの懐かしいオンボロアパート「恵和荘」に帰宅した。

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