第17話ある男の物語(患者二十三号)

 人間の記憶を操作する薬を開発しようとして、自分の恋人に危うい薬を調合し飲ませた薬剤師の物語を覚えているだろうか。患者十五号であり消しゴム女の物語であった。

 その薬剤師は、この病院のどこかで密かに研究を続けているらしいが、実はその元恋人もこの病院に収容されていると言う噂を耳にしたので紹介しておく。

 彼は危険な薬剤師の手から逃れた後も、自分の背負う記憶の重さに耐え切れなかった。

 仲間たちの勧めでアルコールを痛飲し続けることで過去の記憶を消し去ることには成功した。

 だが重大な副作用を伴った。

 頭蓋骨内の灰色の脳が萎縮し、廃人同様になってしまったのである。

 彼を苦しめる記憶だけでなく、あらゆる記憶を失い。新しい記憶を蓄積する能力さえ失ってしまったのである。

 すでに彼の頭蓋骨の中の脳は元に戻ることができぬほど異常に萎縮していたらしい。

 途中で彼にアルコールを痛飲することを勧めた仲間の正体がを悪者である気付き、何度か断酒の試みたが、だが失敗を繰り返した。

 脳細胞がアルコールから解放され、正常な状態に戻ると、過去のいまいましい記憶がよみがえった。

 彼はいら立たち、安眠を奪われ、ふたたび元の酩酊の世界に引き戻すと言う繰り返しであった。


 彼は廃人になる直前に昔の恋人であった薬剤師のことを懐かしく思い出すことがあった。

 人間の記憶を奪い去る徒労とも思える研究を続ける彼女に答えは身近なところにあると教えてやりたかった。

 アルコール漬けになれば記憶を捨て去ることができるのである。しかも彼のようにアルコール依存症にかかり入院をして来る患者は山ほどいる。

 この山ほどいる患者の中から、あえて患者二十三号を引き合いに出したのは彼が消しゴム女と言う短編小説の中に出演して頂いたからである。

 これは患者二十一号の物語である。

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