第44話ハチのムサシは死んだのさ
後悔の念で眠れない夜が続き、心療内科にお世話になった。
肥満気味で高齢の女医だった。いつも古いカセットレコーダを持ち歩いていた。
演劇型治療と称して集団治療の前に音楽を流すのであるが、その音楽が面白いのである。 アニメソングが圧倒的に多かった。例えばドラえもんの主題歌である。
その日はハチの武蔵は死んだのさと言う昭和四七年に平田隆夫とセルスターズと言う男女のグループが歌った曲だった。
「ハチのムサシは死んだのさ。戦い敗れて死んだのさ」という面白い詩を軽快なリズムと心地よいハーモニの歌であった。
大河ドラマで宮本武蔵を上映している平成十五年頃のことである。
いつものように患者は無表情のままであった。
曲が終わると治療開始である。
「京都一乗寺で吉岡兄弟と対決した宮本武蔵と熊本で天寿を全うした武蔵は同一人物だと思へんどす」と患者に語った。
「武蔵を倒すことで彼の肩書きを自分のものにすることが出来ますやろ。名も無い多くの兵法者も彼に戦いを挑んだはずどす。闇討ちを仕掛ける不届者もいたはずどす。彼らの刃を潜り抜けることができたとは思えまへん」と女医は自説を述べた。
京都出身の女医であった。
「皆さんの中にもハチの武蔵のようにお日様に戦いを挑み敗れた方はおりますやろ。挑まれて敗れた方もおりますやろ」
誰も返事を返さない。
女医は反応に構わず話を続けた。
「戦国時代の武蔵は死なはりました。でもハチのムサシは皆さんの心の中に幽霊のように生きているはずどす。武蔵が生きた戦国時代と皆さんが生きる現代の人間社会に何の変わはあらへん。戦いの連続、いつも危険に満ち満ておりますやろ。生き延びることは大変な苦行どす。気が狂うのが当然どす。用心しなければあきまへん。危険な幽霊はハチのムサシだけではありまへん。邪教もそうどす。近づいてはいけまへん」
オウム真理教事件の悪事が発覚したのは平成十二年のことであった。
「皆さんのように心が弱った人は特に注意をせんよあきまへん。入り込む隙を狙っているさかい気を付けねばあきまへん。時には国家、社会全体が邪教に取り込まれることもありましたやろ。会社が、そっくりそのまま邪教に毒されても不思議ではありまへん。ズーズーと言う地鳴り音を企業のシンボルだとか言い、浪費の根源を企業の魂だと崇拝し、それに沿わないことは利益を生み出しても関心を持とうしないのどす」
柔らかい京都弁の口調だが、厳しい内容であった。
「人生で最良の教師は年を重ねることどす。皆さんも私のように六十代を迎えた時には救われますやろ。嫌な思い出も忘れてしまいますやろ。最後は死と言う静寂が救います。それではゴキゲンヨウ」と言い、彼女は去った。
これが最後の治療だったが、思い出すと飛躍した内容である。
数ヵ月後の深夜、廊下を例のカセットレコーダを手にアニメソングを流しながらさ迷う彼女の姿を見た。
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