第34話英霊の声
日本各地の幽霊を求めて歩き待っている。
主な探索場所は博物館や史料館である。
捜し求める幽霊が住む場所である。
遺品などの中に、まだ暖かい体温が残っているような感じさえ受ける。
最近の主な収穫を明かそう。
九州は尚武の地として、讃えられてきた。
しかし、逆に怨嗟の声が耳奥から絶えたことはない。
明治維新以来、多くの戦に青年を送り出してきた。
ジャングルに無数の白骨体を残したインパール戦。南の孤島で住民を巻き込んだ激しい白兵戦を展開した。特攻機を送り出した基地もある。最後に原爆の災禍にも見舞われた地方である。
九州のある町に政府機関の学校がある。
その学校の中心に旧軍関係の資料を展示した展示室がある。
そこを訪れたのは、五月頃のことだった。
施設全体が開放され、自由に出入りが出来るのである。
その史料館は、敷地の中心部にある。
陽春の日差しがまぶしく頑丈なコンクリート製の建物を照らしている。
だが建物に入るとひんやりとした冷気を感じた。
ここには不思議な存在がすんでいると直感した。
展示室は二階である。
玄関をくぐると、すぐに聞こえて来た。
けもののような兵士の叫び声。
機関銃の音。悲鳴。
急降下する戦闘機の空気を切り裂く音。そして爆発音。
兵器たちは鉄の言葉で自慢げに語り合っている。
「極東の地でこのような巨大戦艦を造り、高性能の戦闘機を造り得たのは、この国だけである」
年取った将軍たちの陰謀めいたヒソヒソ話も聞こえる。
私は音を立てずに階段を登った。
階段を上がるにつれ、声を立てる主は数を次第に増えていく。
徳川幕府を倒し、新しい日本が出来た。
国家の主権者は天皇陛下である。
国家は国民のためにあるのではない。天皇陛下のためにあるのである。
陛下の周囲にかしずく重臣たち。
日清戦争。
義和団事件。
日露戦争。
シベリア出兵。
第一次世界大戦。
日中戦争。
そして大東亜戦争。
階下で聞いた声の主たちを確認しながら回った。
そして私は大きな絵の前で立ち止まった。
突撃の絵である。
日本刀を振りかざし、敵陣に向かい突入する兵士たちの断末魔の姿である。
日焼けして赤黒い顔は鬼気迫るものがある。
階下が最初に耳にした声の主たちである。
うらみの声が聞こえる。
「海の藻くずになるために生まれた訳でない」
鉄の声である。
人の声が応える。
「死ぬために生まれてきたのではない」
時代に翻ろうされた人々の声である。
日本男児として生まれた時から、戦争で死ぬことを決めれていた時代があった。
ヒソヒソと話声が聞こえる。
「誰も戦地で死ぬことを望まなかった。農業や漁業に勤しむ牧歌的な人生を望んでいた。汗を流し、海や山から日々の収穫を得る生涯を終わりたかった」
語りかけてくる声の主は久留米出身の明治時代に生きた画家、青木繁が描いた海の幸の絵の中の男たちであった。
裸体で、その日の漁で得たサメや魚を背負い、家路に着く漁師たちであった。
ひそひそと会話の交わす将軍たちの運命も理解できた。
ある者は敗戦ととともに自決し、ある者は巣鴨で処刑され、長く拘禁され、そしてある者は戦後、ひっそりと人知れぬ土地で隠れ住んだ。
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