第12話悪書
ある友人が関係する話である。
ひと月ぶりに会うのだが、ずいぶんやつれて見えた。
理由を聞くと、不気味な夢のせいで睡眠不足だと答えた。どんな夢かと聞くと彼は打ち明けた。私がこの種の話に強い関心を持っていると知っていたのである。
「墓からよみがえったゾンビのような人間から、毎晩、夢の中で追いかけられる。男で一人だけだが、顔は腐食してただれている。服もズタズタに敗れ、腐食した体液が袖など布の端の先端からしたたり落ちていた。腐食臭まで感じる生々しさである。それも毎晩だ。最近では眠りにつくのも怖くなった」と顔を歪め苦しそうに打ち明けてくれた。
それは気味が悪いと同情しながら、不快で思わず顔をしかめていた。
ひと月ほど前に会った時には彼は溌剌としていて、こんな気配さえなかった。いつ頃からだと聞いた。
ここ数週間だと答えた。
思い当たることはないかと聞いた。
彼は、あると即答した。
私は思わず身を乗り出した。
「実はね、これを読んでからだ」と言い、ポケットから三ミリほどの薄い小冊子を取り出した。個人誌の類の粗末な造りであった。
読書好きな好人物である。読書は人生を豊かにすると信じて疑わないまじめ人間でもある。ページをめくり、打ちあけた。
「この短い文書を読んでからなんだ」
タイトルには「死の家の記憶」と書いてあった。原稿用紙で三枚程度の作品である。勧められるままに速読した。気味が悪い。悪趣味で感心しない。作者がどのような意図で書いたかも不明である。しかし奇妙な印象が残る作品である。気味が悪いことに、その夜から私は友人が話した夢と同じ内容の夢を見るようになったのである。一週間ほど経過したころに、さすがに何かあると判断せざる得なくなり、友人に電話した。友人は私の身に起きた出来事を聞く前に、以前のようなはつらつとした声で、君に会ってから、悪夢は見なくなった。ありがとうと礼を言った。僕は何もしていないと答えたが、私は自分の身に起きていることを打ち明ける訳にはいかなかった。彼を不幸にしていた夢を受け取ってしまったのは明らかである。小学生のころに流行った不幸の手紙のことを思い出した。この葉書を受け取った者は複数の者に同じ葉書を出さねば不幸になると言う性質が悪い遊びである。
「死の家の記憶」と言う短い文書が、悪夢を媒介していることは間違いない。だが確かな証拠を握っている訳ではない。あえて私は作者不明の小冊子を掲載することにした。
この短い文書に呪いの言葉が秘められていて、善人によからぬ霊障が及ぼす効果があるなら、小冊子を出版した発行責任者に善処を求めようと思う。
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