第21話涙の洗礼式 1
衛の両親は、衛の遺書を見ると、さして反対もせず衛の葬儀を教会でする事を承諾した。君枝が、
「各務原の叔父さんとかが文句言ったりしない?」
と心配気に聞いたが、父親は
「衛がそうしたいと言ってるんだ。幸司が文句を言ったらこれを見せればいい」
と、遺書を振りかざした。だが、そんなものを振りかざした所で、その前に
『今更別れた嫁の未練でこんな葬式をするなんて』
などと博美の前で言われた日には、自分の所為で弟が肥大してしまい、そして死に至ったと思いこんで憔悴しきっているこのかつての嫁には致命傷に等しいではないか。
博美は、弟しかいない君枝には衛の嫁以上に、幼いときから姉妹同然に育ってきた、そういう存在だ。この叔父には、彼らの結婚の時にも『教会式』ということでちくりと嫌みを言われたのだ。
(何で、こんなに早く死んじゃったのよ、衛。せめて各務原の叔父さんを見送ってからでも遅くはなかったじゃない。それよりも、まず浮気なんかしなけりゃ良かったのよ)
君枝は台所に逃げて、一人ため息をついた。
父親は早速、徹と連絡を取り、葬儀社にセレモニーホールではなく、教会に遺体を運んで欲しいと依頼した。
「博美ちゃん、そいじゃぁ教会に行って衛を待っててくれんかの。そいから先生、何分教会式のことは何も分かりませんで、よろしゅう頼んます」
「分かりました。じゃぁ、博美さん行きましょうか」
博美は自分の父親に肩を抱かれるようにして、寺内家を後にした。
「ほいたら君枝、電話手伝うてくれんかの」
衛の父は博美が車に乗るのを見届けて、君枝にそう言った。ああ、やっぱり父も気にはしていたのだと、その時彼女は思った。
やがて教会に、徹が母親と葬儀社の車を伴って衛を連れて帰ってきた。博美は徹を見てびっくりした。徹はやせていた頃の衛そっくりになっていたのだった。明日美の話では、衛は急激に肥大したのではなく、徐々に肥満化したらしいので、8年前に見かけたのは、衛ではなく徹の方だったのかもしれないと博美は思った。
そして徹は、戻ってきた時間を考えて通夜(前夜式)は翌日、告別式(葬送式)は翌々日にすること、後々のことを考えて、香典(御花料)を固辞することなどを、中野や安藤などに質問しながら、次々と決めていく。
「お義母さん、ごめんね」
博美は、憔悴した面もちで俯いていた衛の母にそう声をかけた。離婚して久しいが、衛のお母さんと言うのも何だか変な気がしたし、明日美にとっては今も昔もお祖母ちゃんであることは代わりはないのだからと、この呼び方をずっと続けている。
「何が博美ちゃんが謝ることがあるんね」
すると、衛の母はそう言って顔を上げた。
「私が意地張って衛さんを放って置いたから、こんなことになってしまって……」
「衛が肥えてしまったんは博美ちゃんの所為ではねぇがね。あの子がそんな食べ方をしてたんが悪いんだがね。博美ちゃんと一緒におっても、ここまではならんかったかもしれんが、そこそこにはなっとりょうよ」
「そうかな」
「うん、あたしもそう思うよ。お父さん、本当に食べるの好きだったもん」
すると明日美がそう言った。
「あたしと一緒の時にも、テーブルいっぱいに食べ物を並べるの。そんなのあたしが食べられる量なんてしれてるじゃない? 残りをお父さんがみんな食べちゃうの。その間もずっとあたしにお母さんの様子を聞くの。お母さんに直接会えば良いのにって言っても、『父さんにはその資格はない』とか言っちゃってさ。だからなの、あたしがお父さんと会うの拒否ったの。あたしが拒否れば、お母さん気にしてお父さんに会ってくれると思ったから。あたし、ホントはお父さんをウザいなんて思ってなかったんだよ。だから、こんな早く死んでなんか欲しくなかったんだよ……もうすぐ、一緒に暮らせるはずだったのに。あたし、お嫁に行くときお父さんに挨拶したかったよ……」
明日美はそう言いながら、いつしかぼろぼろと涙を流していた。そうか、明日美は明日美なりにどうすれば両親が元の鞘に納まるのかずっと考えていたのかもしれない。そして、出た結論がこれだったのだろう。
「お父さんに会わせてくれてありがとうね。明日美がいなかったら、会わないまま二度と会えなくなるところだった」
博美はそう言いながら泣いている娘を胸元に引き寄せて頭を撫でた。
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