第11話同じ重さの……2
それから2ヶ月後のことである。職場で、衛のデスクの内線電話がなった。
「寺内さん? 鹿島様という方からお電話です」
総務の女子社員がそう告げた。しかし今、衛には鹿島という顧客はいなかった。誰かが紹介してくれたのだろうか、首を傾げながら電話に出る。
「お電話ありがとうございます。営業部、寺内です」
「あ、寺内衛さんですか。こちら、××大学病院の鹿島と申します」
そして、衛は××大学病院と聞いて一瞬にして血の気が引いた。博美があの病気で入院していた病院であり、今日は再発のための定期検診に行っていたからだった。
「実は、博美ちゃんの事で、一つだけ申し上げておかないといけないことがありまして……」
「今からそちらに伺っていいですか!」
つづけて用件を話そうとした鹿島の言葉を制して衛はそう言った。たぶん再発したのだ。そんな宣告を職場でなんか聞きたくはない。
「今からですか? 今からはちょっとムリですが、今日は六時頃には仕事は終わります。その後なら……」
「分かりました。6時にそちらに伺います」
「では、1階のコーヒーラウンジで待ってます」
それからは一日まるで仕事にはならなかった。衛は定時で仕事を終え、慌てて会社を出た。
早めにコーヒーラウンジに着いてから約15分後、5分遅れで鹿島はそこにやってきた。
「すいません、わざわざ時間取っていただいて」
「構いません。僕もこの事は医師としてではなく、インターンの頃から知っている博美ちゃんの古い友人としてあなたに言っておきたかっただけですから」
鹿島はそう前置きしてから、
「それで、今日の検査の事ですが、再発の兆候はありませんでした」
衛はとりあえず再発していないと言われて安堵した。
「ですが、一つだけ問題があります」
何か別の病気にでもなったのだろうか。だが、鹿島の答えは違っていた。
「博美ちゃんは妊娠しています」
妻の担当医はにこりともせず、衛にそう言ったのだ。
「それがどうして問題なんですか!」
妊娠報告だというのに、問題だという鹿島の言葉に衛は声を荒げた。
「本当なら私だって素直におめでとうと言ってあげたい。でも、無事に生まれてもそうでなくても、子供はこれっきりにしていただきたい。私はそれだけをあなたに言いたかったんです」
それに対して鹿島はそう答えた。
「お腹の子供に何か問題があるんですか?」
「それは……症例自体が少ないので、まだ現時点では何とも言えません。ただ」
「ただ?」
「ただ、妊娠出産は長丁場。体質が全く変化してしまうこともある大変な作業です。これが引き金になって再発するケースもあり得ます。その場合、投薬などを考えると、妊娠の継続はまず難しい。でも、博美ちゃんの性格ではそうなった場合でも、頑として子供の命を優先するように言うでしょう。大抵の場合、女性はそう主張する方が多いです。実際、今日も私このことを持ち出したら、『私の命もこの子の命も同じ命でしょ? 命の重さに変わりはないはずです』と睨まれてしまいましたよ。
そうは言っても私にとっては博美ちゃんは彼女が12歳の時から共に闘った仲間だ。これから生まれてくる命を蔑ろにするつもりはありません。ですが、私は彼女を失いたくない」
鹿島はそう言って苦笑した。
「だから、博美ちゃんにはあなたに避妊してもらうように前々から言ってあったんですが、そのご様子ではやはりあなたにはそのことは言ってなかったようですね。そう思いましたんで、今日はあなたに直接お話ししたほうがと思いましてね」
衛は鹿島の言葉に黙って頷いた。
「これからは担当は産婦人科に移行しますが、私もできる限り協力はするつもりでいます。母子共に無事で生まれてくるように。ただ、その後は避妊を心がけてください、お願いします」
「仰ることは解りました。でも妊娠を避けるのなら、その……」
衛も普段、そういった話を仲間内でしていないこともないのだが、さすがに自分よりも一回りも年上の鹿島に直接的な表現で言うことは憚られた。
「ああ、性行為のことを心配しておられるんですか。性行為自体はよほど激しい一晩中とか言うのならともかく、一過性のものですから十分大丈夫ですよ」
鹿島はそれに対して無表情でそう返した。
そして、話し終えた衛は鹿島と別れて自宅へと向かった。その道中、衛の心は重かった。博美はそれこそ嬉々として自分に妊娠の事実を伝えるだろう。その笑顔を見るのが今、無性に怖かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます