第3話『執事』
「執事、ですか?」
僕みたいな一般人には縁のない言葉が飛び出してきたぞ。
執事というと、主の身の回りの世話をしたり、色々と屋敷の経理も任されたりすると聞いたことがある。家事なら少しは自信あるけど、お金のやり繰りはちょっとなぁ。家計簿を付けることぐらいでいいなら何とかなりそうだけれど。
「本当はメイドさんにしたかったんだけど」
「ど、どうしてですか!」
「だって、由宇って童顔だし、髪もサラサラじゃない。声だって女子みたいに高いし、メイドでもちゃんとやっていけると思ったのよ」
「え、ええと……」
非常に複雑な心境だ。
きっと、藍沢さんは僕のことを褒めてくれているんだと思うけど、あいにく、それは僕のコンプレックスなんだ。
女の子みたいな顔つき。そして、声変わりしていない高い声。中学生のときに歌う合唱は決まって女子に混ざってソプラノパートを歌っていた。
おまけに、僕の下の名前を感じでは『由宇』と書くから、初対面の人にはほとんどの場合は女性と間違われてしまう。同じ名前の女性の有名人もいるし。制服を着ていればまだ大丈夫なんだけれど、それでも疑いの眼で見られることもしばしば。
それも昔からのことなので、今は初対面の人に「女の子なの?」と言われてもさほどショックは受けなくなった。
しかし、メイドさんにしたかったと言われると話が違う。こんな顔立ちでコスプレ向けだと幾多の友人に言われたけれど、僕は全く興味がない。むしろ、したら何かと危険な目に遭いそうなので怖い。
「僕はメイドさんよりは執事の方がいいです。それに、7年間もメイドをやられている未来さんがいれば、僕は用なしでしょう?」
「……それもそうね」
つまらないと言わんばかりの表情をしないでいただきたい。答えによっては社会的に死にかねないんだから。僕だって真剣に答える。
「じゃあ、執事ってことで妥協しておいてあげるわ」
「ありがとうございます」
妥協、ってことは本気で僕をメイド服姿にさせるつもりだったんだな。そこまで女性用の服の方が似合うとは思わないんだけど。藍沢さんを幻滅させるだけだと思う。
「まあ、あの家にはもう住めないだろうし。今さっき由宇の叔母さん……あああっ!」
藍沢さんが突然叫ぶので、思わず耳を塞いでしまった。
「どうしました?」
「リビングで待たせていたままだったわ。様子を見に行くと言ったきり……」
「私がここにお連れしますね」
「お願いするわ、未来」
僕にはさっぱり分からない会話を2人がした後、未来さんが部屋から出て行った。
「良かった、思い出して」
藍沢さんは何故かほっとしている。
「何かあったんですか? 待たせていたままだとかそんなことを言っていた気がしましたけど……」
「まあ、そのことはすぐに分かるわ。とにかく、執事になるということはここに住み込みで働いてもらうことになるわね」
「住み込みですか。是非、執事として働かせていただけると嬉しいです」
メイドよりもよっぽどいい。執事なら執事服という立派な服を着ることができるし。執事服を着れば、女性に見間違えられることがぐっと減るだろう。
「そうと決まれば、あたしのことは……お、お嬢様って呼びなさい。あなたの雇い主は藍沢家であり、その令嬢であるあたしに仕えるわけなんだから。それさえ守ってくれれば、言葉遣いとかは特にうるさくは言わないから。今のように話してくれれば良いわ。感謝しなさい」
「はい。分かりました、藍沢さ……いえ、麗奈お嬢様」
お嬢様に敬語で接することは難なくできそうだ。お嬢様、という呼び方も自然と身につきそうだし。
「へ、へえ……意外といい感じじゃない。意外と執事の素質があるかもしれないわね。さすがはあたしが見込んだだけあるわ」
「僕はそんなたいした人間ではありません。お嬢様の寛大なお心が、家を失ってしまった僕に住む場所を与えてくれたのでしょう?」
「……まあ、そう思っているならそれでいいけれど」
口ではそう言うけれど、お嬢様はどこか不機嫌そうだった。やっぱり、褒められることが嫌なのかな。
そして、再び部屋の扉が開く。
「おっ、やっと目を覚ましたか」
「真宵さん!」
入ってきたのは2人の女性。1人はもちろん未来さんだ。
そして、もう1人は……一見すると、僕やお嬢様よりも年下に見える女性。緑色の髪で、ツインテールの髪型が特徴の彼女は、僕の叔母であり保護者になってくれている
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