椎本 その三十六

 薫の君は姫君たちの悲しい気持ちを思いやり、また亡き八の宮と姫君の世話をすると約束したことなどをいかにもねんごろにやさしく話す。怖そうな荒々しいところなどは見えない人柄なので気味悪く、いたたまれない気分などはしない。そう親しくもなかった男に声を聞かせたり、なんとなく頼りにしていたような最近のあれこれを思い出すとさすがに辛くて気がひけるのだが、それでもほのかに一言ぐらいの返事はする。その大君の様子はいかにも悲しみのあまり気さえ確かでないように弱々しく感じるので、薫の君は本当に可哀そうだと聞く。


 喪の鈍色の几帳の隙間から透いて見える姫君たちの姿があまりにも痛々しく感じられるので、まして常日頃はどうやって暮らしているのかと想像し、あのいつかの明け方の暗さにほのかに見た姫君たちの姿が思い出されるのだった。




 色かはる浅茅を見ても墨染に

 やつるる袖を思ひこそやれ




 と独り言のように薫の君はつぶやく。大君は、




 色かはる袖をば露の宿りにて

 わが身ぞさらに置き所はなき




 〈藤衣はつるる糸は〉


 とだけつぶやき、喪服のほつれた糸は私の涙の玉の緒という悲しい古歌の後の言葉は口の中で消す。もうとてもその場に堪えられないように大君は奥へ入ってしまうのだった。

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