椎本 その二十一

 明日はいよいよ山寺に入ろうとする前日は八の宮は邸のうちをいつになくあちらこちらで佇みながら回ってしみじみ見る。いかにも粗末なほんの一時しのぎのかりそめの宿のつもりでつい長年過ごしてしまった住まいに自分の死後は若い姫君たちが憂き世から離れて籠り、どうやって暮らしていけるだろうと涙ぐみながら念誦する姿はとても清らかだった。年かさの女房たちを呼び出し、



「私がいなくなっても姫君たちが心配のないようによく仕えてあげておくれ。もともと身分が軽く、何事も世間から無視されているような分際の者は子孫が零落することもよくある例で、人目に立ちもしないだろう。しかし私のように宮家ともなれば人は別に何とも思わないだろうが、あまり惨めなありさまで落ちぶれさ迷うのはせっかくの尊い血筋に生まれついたのに、御先祖に対しても畏れ多く、はた目にも見るに見かねる恥ずかしいことがいろいろと多くなるだろう。貧しく侘しく心細い暮らしをするのは珍しいことではない。それでも生まれた家の位や格式に従って身を処していくのが世間の聞こえがよく、また自分自身の気持ちとしても過ちがなかったと自負できる。人並みに富み栄え、派手な暮らしをしたいと願ったところでそれが叶いそうもない時世だというなら決して軽はずみな考えから姫君の身分を汚すようなつまらぬ縁談の取り持ちなどしないでほしいのだ」



 などと言う。


 まだ夜明け前の暗いうちに出立する時も姫君たちの部屋にいて、



「私のいない間、心細がってめそめそしないように。気持ちだけは明るく持って琴でもお弾きなさい。何事も自分の思うようにはならない世の中なのだから、あまり深く思いつめてはなりません」



 などと言って、後ろ髪をひかれる思いで出かけるのだった。

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