橋姫 その三十五

 硯を取り寄せてあちらへ歌を差し上げる。




 橋姫の心をくみて高瀬さす

 棹のしづくに袖ぞ濡れぬる




「さぞかし物思いに沈まれていらっしゃることでしょう」



 と書き、宿直の侍に持たせた。とても寒そうに鳥肌だった顔をして持っていく。

 返事は紙に薫きしめた香などもありきたりなものでは恥ずかしいのだが、このような折には返事は早いのが何よりと大君は、




 さしかへる宇治の川をさ朝夕の

 雫や袖をくたし果つらむ




「涙に私の身さえ浮いております」



 といかにも美しく書いた。何と見た目も美しく申し分なく書いたものかと薫の君は大君に心が惹かれるのだが、



「お車を持ってまいりました」



 とお供の者たちがやかましく催促するので、この邸の宿直の侍だけを呼び、



「八の宮が山からお帰りになる頃には必ずまたうかがうから」



 と言う。霧に濡れた着物などは皆脱いでこの男に与え、京から取り寄せた直衣に着替えるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る