幻 その三十二

 そういえば導師に盃を賜るついでに、




 春までの命も知らず雪のうちに

 いろづく梅をけふかざしてむ




 と詠むと、導師は返歌として、




 千代の春みるべき花と祈りおきて

 わが身ぞ雪とともにふりぬる




 と詠んだ。ほかの人々もたくさん歌を読んだが、記さなかった。


 光源氏はその日はじめて引きこもっていた部屋から表の部屋へと出てきた。顔や姿は昔光源氏とはやされた輝く美しさの上にまた一段と光がさし加わってこの世のものとも思えないほど美しいので、この老僧は言いようもなく感涙にむせぶのだった。


 もう今年も暮れたかと思うにつけても心細く思っていると、幼い三の宮が、



「鬼やらいをしたいのだけれど、どんなことをすれば大きな音が出せるのかしら」



 と走り回っている。その可愛らしい姿ももう間もなく見ることができなくなってしまうのだと、何かにつけて耐え難く思い、詠んだ。




 もの思ふと過ぐる月日も知らぬまに

 年もわが世も今日や尽きぬる




 正月はじめにする行事のことを例年よりは格別にしようと命じた。親王たちや大臣たちへの引き出物やそれぞれ人々への祝儀の数々もまたとないほど立派に用意しているとか。

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