夕霧 その七十四

 使いの者を読んで手紙を渡した。せめてこの返事だけでも見てみたいものだ、やはりどんな関係に進んでいるのか様子を確かめたいと雲居の雁は考える。


 日が高くなってからその返事を持って使いが帰った。濃い紫の堅苦しい感じの紙に小少将の君がいつものように代筆する。これまでと同じように女二の宮からの返事はもらえなかった由を書いて、



「あまりに気の毒ですから、あのいただきましたあなたさまのお手紙の端に女二の宮様がすさび書きなさいましたお歌をこっそり盗みまして」



 と返事の中にその歌を書いた紙を引き裂いて入れてあった。夕霧は女二の宮自身が少なくともあの手紙を見たのだと思うだけでもこんなにうれしがるとは実にみっともない話だ。女二の宮が何気なく無造作に書いたものを言葉を継ぎ合わせてみると、




 朝夕に泣く音を立つる小野山は

 絶えぬ涙や音無の滝




 とでも判読するのだろうか。ほかに古歌などを悲しそうに乱れ書きにしてある。その筆跡などは見事なものだ。



「他人事としてはこんな色恋沙汰で悩んでいるのは歯がゆくて、正気の沙汰ではないと見聞きしていたものだけれど、さてそれが自分のこととなるとなるほど確かに耐えがたいものだった。何と不思議なことだろう。どうしてこんなにも心が苛立ってたまらないのか」



 と反省もするが、どうしようもないのだった。

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