柏木 その五十四
夕霧は一条の女二の宮を見舞った時の様子を話す。大臣はそれを聞くといっそう激しく泣き、春雨の軒の雫と異ならないほどさらに袖を濡らすのだった。
あの「柳のめにぞ」と御息所が詠んだ歌を畳紙に書き留めておいたのをさし上げると、大臣は、
「目も涙で曇って見えないが」
と幾度も涙をおし絞りながら見る。泣き顔になって読む様子はいつもの気丈で凛とした快活で得意気な態度の名残もなく、みすぼらしく見える。歌はそれほどでもないが、「玉はぬく」とあるところがいかにもと同感するので心がまた悲しみに乱れて長い間泣くのを止めることができない。
「あなたの母葵の上がお亡くなりになった秋はこの世にこんな悲しいことがあるものかと思われたのでしたが、女というものは付き合いにも限度があって会う人も少なく、あれこれのことも表には出ませんので悲しみも人目から隠せました。しかし柏木はふつつか者でしたが、帝もお見捨てにはならず寵愛くださってようやく一人前になり、官位ものぼるにつれて頼ってくる人々も自然に多くなってもいましたのでその死に驚き残念がる人々もそれぞれの方面に少なくはないようです。しかしこの私の深い悲しみはそんな世間並みの人望や官位等とは無関係にただ普通の人とたいして違ったところのなかった本人の人柄だけがたまらなく恋しくてならないのです。いったい何をしたらこの悲しみを忘れることができるのでしょうか」
と空を仰いで深い物思いに沈んでいるのだった。
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