若菜 その七十九

 朝ぼらけの美しい空に様々な小鳥の声がとてもうららかに聞こえる。


 桜の花はみんな散ってしまって、春の名残に梢の浅緑が霞んでいる木立を見ると、昔この邸で藤の宴を開いたのも、今頃だったと思い出す。その後歳月がずいぶん過ぎたが、その当時のことも次々と感慨深く思い出すのだった。


 中納言の君が光源氏の帰りを見送ろうとして、妻戸を押し開けると、光源氏はそこへまた戻って中納言の君に、



「この藤の花をご覧、いったいどうしてこんな美しい色に染めたのだろう。やはり何とも言えない風情のある色艶だね。どうしてこの美しい藤の下蔭を立ち去ることができよう」



 と言い、何としても帰りにくそうにためらっているのだった。

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