若菜 その五十六

 紫の上は硯を引き寄せて、




 目に近くうつればかはる世の中を

 行く末遠く頼みけるかな




 と詠み、古歌なども書きまぜているのを、光源氏は手に取って見て、何気ない歌だが、いかにももっともだと思い、




 命こそ絶ゆとも絶えめ定めなき

 世の常ならぬなかの契りを




 すぐにも女三の宮のほうへ出かけないでぐずぐずしている。



「それでは人にも変に思われて、私が困ってしまいますわ」



 と紫の上にせかされて、ほどよく萎えてしなやかになった着物に、すばらしい香りを薫きこめて出かけていく。


 それを見送るにつけても、紫の上の心中はとても平静ではいられなかったことだろう。

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