若菜 その四十二

 紫の上は言葉だけではなく、心の中でも、



「こうしてまるで天から降ってきたような事件で、どうにもご辞退できなかったことなのだから嫉妬がましい嫌味は言うまい。今度のことは私に気がねなさったり、また誰が御意見したところでお従いになられるような問題ではないのだもの。当人同士の気持ちから生まれた恋愛ではなく、止めようも止める手立てのないものだったのだから、愚かしくそれを苦にして悩みふさいでいる様子を世間の人に悟られたくはない。継母の式部卿の宮の北の方がいつも私が不幸になるようにと呪っているようなことを口になさり、あのどうしようもなかった髭黒の大将と玉鬘の君との結婚についてさえ、どういうわけか私を恨んだり、妬んだりなさっているそうだから、こんな話を聞かれるとそれこそ呪詛の甲斐があっていい気味だと思われることだろう」



 などと考える。おっとりした性質の人とはいえ、どうしてそれくらいの気の回し方をしないことがあるだろうか。今ではもう誰も自分の上に立つ人はあるまいと慢心してすっかり安心しきって暮らしてきた光源氏との夫婦仲を、人はどんなにもの笑いにするだろうと胸の中では思い続けながら、表面はさりげなくおっとりと振舞っているのだった。

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