真木柱 その六十六

「あらまあ、困ったわ」


「いったいどうなさったの」



 と女房たちがあわてて奥を引き入れようとする。ところが近江の君は、いかにも意地の悪い目つきで睨みつけて、がんばって動かないので女房たちは始末に困り果て、



「きっと今にとんでもない軽はずみなことを言いだしそうよ」



 と突きあっている。


 近江の君はこともあろうにこの世にもまれな生真面目一方の夕霧の中将に向かって、



「この人よ、この人よ」



 と褒めそやして、興奮している甲高い声が、はっきりと聞こえる。女房たちがほんとうに困り切っているのに、とてもはきはきした声で、




 おきつ舟よるべ波路にただよはば

 棹さし寄らむ泊まり教えよ




「<棚無し小舟漕ぎかへり同じ人をや>の歌のようにいつまでも同じあの人を思っていらっしゃいますの、あら失礼を」



 と言うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る