真木柱 その六十

 三月になって、六条の院の庭に藤や山吹などが咲き匂った夕映えの美しさを見るにつけても、光源氏は何よりもまず見飽きしない美しさでここにいた玉鬘の姿ばかりを思い出す。そのため、春の御殿は捨て置かれ、玉鬘のいた夏の御殿の西の対にいつも行って庭を見る。呉竹の垣根に山吹が自然にもたれるように咲いている風情が、なかなか趣がある。<梔子の色に衣を染めてこそ>などと口ずさみ、




 思わずに井手の中道へだつとも

 いはでぞ恋ふる山吹の花




「あなたの面影がいつもありありと見えて」



 など言っても、聞く人はいない。こんなふうにさすがに玉鬘と遠く隔たってしまったことを、今でははっきりと感じるのだった。ほんとうに奇妙な心の戯れと言おうか。

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