松風 その七

 今日はめでたい門出なので、みんなが不吉な言葉を使わないように、気を使っているが、誰も涙だけはこらえ切れなかった。


 幼い姫君は、それはそれは可愛らしくて、夜光ったとかいう玉のような宝物の気持ちがして、入道はいつも抱いて可愛がり、袖から離したこともなかった上に、姫君のほうでも入道に馴れ親しんでいて、いつもまつわりついていたその可愛らしい気持ちなどを思うと、人は違う出家の身で、執着など慎まないとならないとわかっていながら、こんなにも姫君が思い切れないのは、不吉なことだと考えても、やはり片時でも姫君に会わないでは、これから先、どうして生きていこうか、と涙をこらえることができない。




 行くさきをはるかに祈る別れ路に

 たへぬは老いの涙なりけり




「まったく縁起でもない」



 と言って、入道は涙をおし拭い隠した。妻の尼君は、




 もろともに都は出てきこのたびや

 ひとり野中の道にまどはむ




 と言って泣く様子は、本当にもったいないことだった。

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