澪標 その三十

 はかなく過ぎていく月日につれて、いよいよ淋しく、心細いことばかりがつのっていくので、仕えている女房たちも、次第に暇をとって去っていったりする。邸は下京の京極の辺りなので人家も少なく、山寺の入相の鐘の音があちこちから聞こえてくるにつけても、斎宮はこらえきれず、声をあげて泣きがちに過ごしていた。同じ親子の関係というなかでも、六条御息所と斎宮とは、片時も離れたことがなく、ずっと一緒に暮らしてきて、斎宮として伊勢に下向したときにも、親が付き添って下るのは、前例のないことなのに、あえて母君を誘ったほどの心だったから、死出の旅路にお供することもできなかったことを、涙の乾く暇もなく嘆き悲しんでいる。


 宮家に仕えている女房たちは、身分の高いものも低いものも大勢いる。だが光源氏が、



「たとえ乳母たちでさえ、自分勝手なことをして、姫宮に間違いを起こさないように」



 などと、いかにも父親ぶって注意するので、この気のひけるほど立派な光源氏の有様に対しても、不都合なことが耳に入るようなことはしないでおこうと、みなで言いもし、思いもして戒めあっているので、男君とはほんのちょっとした取り持ちなども、一切するものはいなかった。


 朱雀院にしても、あの昔、伊勢に下向した日の大極殿での荘重な儀式の折に、不吉なまでも美しく見えた斎宮の器量を忘れられず、思い続けていたので、



「こちらにおいでになって、妹の斎宮や、ほかの私の姉妹の女宮たちと同様にして、お過ごしなさい」



 と、生前の六条御息所にも申し入れがあったのだった。だが、六条御息所は、れっきとした妃たちがひかえている中に、こちらは大勢の後見もないのに、どうしたものかと心配になり、朱雀院はまた、病気がちでいるのも不安で、またこの上、朱雀院の逝去にでもあって悲しい物思いを加えられるのではないか、と遠慮して過ごしていたのだった。

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