澪標 その二十一

 光源氏は、そういうこととは夢にも思わず、その夜は夜を徹して、様々な神事を奉納した。確かに神が喜ぶに違いない儀式の数々を尽くして、須磨流浪のときに立てた色々の誓願が果たされた御札に加えて、前例のないほど盛んに奉納の管弦を夜の明けるまで、賑やかに奏したりした。


 惟光のような苦楽を共にした家来は、心の内に住吉の神のご加護を肝に銘じて有り難く思った。ほんのひととき、光源氏が奥から出てきたときに、惟光は御前に畏まって言った。




 住吉の松こそものは悲しけれ

 神代のことをかけて思へば




 光源氏もつくづく頷き、




 あらかりし波のまよひに住吉の

 神をばかけて忘れやはする




「あらたかな霊験だったな」



 と言う姿も、これ以上すばらしいことはなかった。


 あの明石の一行の船が、この騒ぎに気圧されて参詣もできずに立ち去っていったことを、惟光が光源氏の耳に入れると、光源氏はそれはまったく知らなかった、と可哀想に思った。住吉の神の導きで結ばれた縁をおろそかには思えないので、



「せめて短い便りでもやって慰めてやろう、つい側まで来ていながら、空しく引き返したのなら、さぞかしかえって辛い思いをしていることだろう」



 と同情した。御社を出立し、道中の名所をあちこち遊覧する。難波のお祓いなどは、ことにおごそかに儀式をつとめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る