明石 その七

 これまで何年もの間、夢の中でさえ逢うことができず、恋しく、気がかりで、見てみたいと思っていた姿を、儚い夢の中ではあっても、ありありと見ることができたことだけが、くっきり心に残るようになっているようで、自分がこんなふうに悲しみのきわみに遭い、まさに命を失おうとしたのを、空を飛びかけて、助けに来たのだと思うと、しみじみありがたく思った。よくまあ、こうした天変地異も起こってくれたものと、夢の名残りも末頼もしく、光源氏は限りなく嬉しく思うのだった。


 胸のうちもいっぱいになって、夢に逢ったばかりに、かえって心も乱れて、現実の悲しい境遇も忘れてしまって、夢の中にせよ、なぜもっと少しでもたくさん話さなかったのか、と口惜しくて胸が塞がり、またもう一度夢で逢うことができるかと、わざと眠ろうとするが、今度はいっこうに眠れず、明け方になってしまった。


 渚に小さな船を漕ぎ寄せて、人が二、三人ばかり、この光源氏の仮の宿をさしてやってきた。


 誰だろうと人々が訊ねると、



「明石の浦から、前の播磨の国守の新入道が、お迎えの船の支度をして参ったものです。源少納言良清さまがお側にいらっしゃるならば、お目にかかりまして、事情を説明申し上げましょう」



 と言った。良清は驚いて、



「入道は、播磨の国での知人で、長年親しく付き合っていましたが、私事で少々お互い気まずいことがございまして、これといった便りさえ出し合わないで、もう長いことなっておりました。この波風の騒がしい折にやってくるとは、いったいどういうことなのでしょう」



 とよくわからない様子ではぐらかした。


 光源氏は、夢の中の亡き桐壺院の言葉なども考え合わせることもあって、



「早く会え」



 と言うので、良清は船まで出向いて行き、入道に会うのだった。

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