須磨 その二十
出発のその日は、終日紫の上とゆっくり話し、旅立ちの習慣として、夜も深く更けてから出かけていった。狩衣などの旅の装束もとても粗末にし、
「月がすっかり出ましたよ。もう少しこちらに出て、せめてお見送りだけでもしてください。これからは、どんなにか話したいことがたくさん胸につもったと思うだろう。一日、二日たまに逢わないでいた時でさえ、妙に気がめいってふさいでしまったものなのに」
と御簾を巻き上げて、端近に誘うと、紫の上は泣き沈んでいたけれど、気持ちを静め、にじり出てきた。
そこに座っている姿は、月の光に照らされて、限りなく美しく見えた。
「自分がこうして流罪のまま、須磨で儚く死んでしまったら、この人はどんな哀れな境遇に落ちてさすらうことだろうか」
と気がかりで悲しくてならないが、紫の上が悲しみに沈んでいるのに、何か言えばいっそう悲しませそうなので、
生ける世の別れを知らで契りつつ
命を人に限りけるかな
「思えばはかない約束だった」
など、わざとさりげなく言うと、
惜しからぬ命にかへて目の前の
別れをしばしとどめてしがな
と答えるのを聞いて、光源氏はいかにも、とその気持ちを察し、いよいよこの人を見捨てて旅立ってしまうのを辛く感じた。それでも夜がすっかり明けてしまったら、世間体も悪いだろう、と急いで出発した。
道すがらも紫の上のおもかげがぴったりと寄り添っているようで、胸もふさがる思いのまま、船に乗るのだった。
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