賢木 その三十九

 夏の雨がのどかに降って、所在無いある日、頭の中将は、見所のある詩集などを、たくさん供人に持たせて光源氏を訪ねてきた。光源氏も、書庫を開け、まだ開いたことのないいくつもの厨子の中にある、珍しい古詩集の由緒あるものを少し選び出し、漢詩文に携わっているその道の人々を、ことさらにではなく大勢呼んだ。


 殿上人も大学寮の学者たちも、実に大勢集まった。その人数を左と右と入れ違いに二組に分けて、互いに勝負し、数々の賭物なども、たぐいないほど立派なものを出した。


 韻塞ぎを進めていくにつれて、難しい韻の文字がとても多くなって、世間に名の聞こえた博士たちでさえ、まごついてしまう所々を、光源氏が時々口添えする様子は、まったくこの上ない学才の深さだった。



「どうして、このようにすべての才能に長けているのでしょう。やはり前世からの宿縁で、あらゆることが、人よりすぐれて生まれついているのでしょうか」



 と人々は賞賛しあうのだった。勝負はついに右の頭の中将の方が負けてしまった。


 それから二日ばかりして、負けた頭の中将が、勝者の光源氏を招き、負の饗宴をした。あまり大げさではなく、様々な風雅な檜破籠や、賭物などを色々出し、今日もこの間出席した人々を大勢呼び、漢詩などを作らせた。


 階段のもとの薔薇がほんの少しだけ開いて、春秋の花盛りのときよりもしっとりと風情のある頃なので、人々はすっかりくつろいで管弦の遊びを楽しんだ。


 頭の中将の子供で、今年初めて童殿上する八、九歳ぐらいの少年が、とても綺麗な声をしていて、笙の笛を吹いたりするのを、光源氏は可愛く思い、遊び相手をした。


 この子は四の君に生まれた次男だった。権勢家の右大臣の孫なので、世間の人も自然に重く扱って、特別大切にかしずいている。性質も賢くて、顔立ちも美しく、遊びの宴が少しくだけてゆく頃、催馬楽の「高砂」を、声高く張って謡うのが、実に可愛らしい感じだった。

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