葵 その四十四
元日には例年のように、光源氏はまず院に参上してから、宮中や東宮などに挨拶しに行った。それから左大臣家に退出した。
左大臣は新しい年の初めにも無関心で、ただ葵の上の思い出を大宮などに語り、淋しくやるせない思いをしていたところへ、光源氏がこんなに早々と来てくれたので、こらえにこらえていたが、かえっていよいよ我慢できない気持ちになって、涙ぐむのだった。
光源氏は年が一つ加わったせいか、堂々たる貫禄さえつき、前よりもずっと美しく見えた。
左大臣の前から立ち去って、亡き葵の上の部屋に入ると、女房たちも久々の懐かしさのあまり、涙をこらえることができなかった。夕霧に会うと、すっかり大きくなって、にこにこするのも不憫に思う。目元、口つきなど、ただもう、東宮そっくりなので、人が見ても不審に思うかもしれないと思った。
部屋の飾りつけなども生前のまま変わらず、衣裳掛けに光源氏の装束などが、いつものように掛けられているのに、葵の上の召物が並んでそこに掛かっていないのが、見ても見映えせず、物足りなく淋しいのだった。
そこへ大宮から消息が届いた。
「今日は元日ですから、つとめて泣くまいとこらえていますけれど、こうしてお越しくださったので、かえって」
などと言い、
「例年通り用意しておきました装束も、このところいっそう涙で目をかき曇らせるので、色合いもお気に召さないかもしれませんが、せめて今日だけは、やはりお召しになってくださいませ」
とあって、たいそう心を込めて作られた召物の数々を、また重ねてさし上げた。必ず今日お召しくださるようにと望んだ下重ねは、色も織り方も、世の常のものではなく、格別に素晴らしいものだった。せっかくの気持ちを無にしてはいけないと、光源氏はすぐに着替える。もしここに今日来なかったら、大宮がどんなに残念に思っただろう、と思えば、本当にいたわしいことだった。
返事には、
「悲しみに暮れている私の身にも春が来たとでもお思いになっていただけるか、と参上しましたが、何を見ても思い出されることばかりが多く、心の内を十分にお伝えすることができません。
あまた年今日あらためし色ごろも
きては涙ぞふるここちする
やはりとても気を静めることができません」
と言った。その返事に大宮から、
新しき年ともいはずふるものは
ふりぬる人の涙なりけり
どなたも並々でない嘆きだった。
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